2017年7月27日木曜日

拾壱

「長き道のさぞ行き疲れさせ給うなり。やがて湯の整いはべりたれば、づは御足おみあしを。」

お萬という女性は屋敷に入る階の所に私を座らせ、草履を脱がせて顔や手を手ぬぐいで拭いた後、足を洗ってくれた。
それが済むと、「さ、こなたに」と一つの部屋に通される。
そこでお茶と饅頭を出され、飲んでいると(ちなみに饅頭は甘味控え目でまあまあ美味しかった)、お湯が沸いたらしくお風呂に案内された。
着物を脱がされ、檜の香りのする部屋に入れられると、むわっとした蒸気が籠る。

サウナか。

丁度座れるように段差に作られている。

「しばしここにおはしまし給え。」

と言われたので、そのまま座って待つ。
汗が流れ始めた頃にお萬が出してくれて、大きな桶のある部屋に通された。

お萬とは別の女性が一人控えている。
背もたれのない木の椅子があり、そこに座らされた。
桶の中にはお湯がたくさん沸いており、お萬はそれを大きなひしゃくで掬うと私にかけていく。

サウナで出た汗が洗い流されて気持ちがいい。

別の女性が白い布包ぬのつつみを桶で濡らして体全体を拭ってくれた。
桶の水が白っぽく濁っていたので米ぬかか何かなんだろう。匂いもそれっぽいし。

髪も含めて洗い上げられると、風呂から上がる。
水気を拭かれた後は白い浴衣みたいな着物を着せられた。

湿った髪の毛に黄色い油のようなものを塗られ、目の細かい櫛でゆっくり丁寧に梳かれていく。
その気持ちよさに、私はつい、うとうとと寝入ってしまっていた。

この後、大変な事をされるとも知らずに。


***


「姫御前、姫御前」

優しく揺さぶられ、うっすらと目を開く。

「わっ!!?」

いきなりその顔でのドアップは心臓に悪いです、お萬さん。

おどろかせたもうたりや。これより御身の化粧けそうさせたまわらんとぞんじてこしたてまつりたりけるに。」

起きてみると、金襴のかいまき布団みたいなものに寝かされていた。
周りには数名、お萬と似たような恰好の女性がいて、かちゃかちゃと化粧道具らしきものや着物を用意している。

「さ、姫御前」

鏡の前に座るよう促され、覗き込んだ瞬間、私はあまりのショックに口をぱっかーんと開けた。

ままま、ま、眉が…私の眉が……!!

私の大事な大事な眉毛が、眠ってる間に綺麗さっぱり剃り落とされていた!

あまりの事にはわはわとムンク状態で放心する私を尻目に、お萬は化粧を始めようと白粉おしろいを手に――

はっ!?確か白粉おしろいって。

「ちょっと待った!」

それ、毒じゃないの?

毒、毒、と連呼する私。
お萬は白粉は毒じゃない、みたいな事を主張していたが、私は引かなかった。
言葉じゃ埒が明かないので、最終手段、筆談だ!と筆と紙を要求する。

多分平仮名片仮名はミミズののたうちまわったような字体だろうと思う。
文化的に書き言葉も通じて欲しいと祈りながらも、うろ覚えの漢文知識で『白粉是自鉛作也おしろいこれなまりよりつくるなり鉛是毒也なまりこれどくなり』などと適当に書くと、お萬は「男手おとこでそなえらるるか」と驚いて、果ては解読の為巣守隆康まで呼んでくる羽目に。

すったもんだの末、白粉は白粉の実という木の実由来のものだと判明して安心した。
白粉の実、実物まで持って来られて確認済。

巣守隆康の言うには、鉛成分の白粉も存在しているらしいが、それはあまりにも高価で限られた人しか使っていないらしい。

そんなこんなで馬鹿殿化粧を施され、打掛みたいな装束を着せられ。
油で髪を姫っぽくガチガチに固められ付け毛を付けられた私は、どっからどう見ても立派なお姫様――じゃなくてオカメそのものだった。

「あなや、てのほかくもきよらになられたるるや。」

巣守隆康は私の顔を凝視して絶句する。

ああん?清らかだって?

確かに自分は「綾子ちゃん無表情で怒ると能面みたいで怖い」とか「綾子ちゃんは平安時代とかに生まれていれば美人なのにね(pgr)」とか散々言われて育ってきたさ。

年頃になっておしゃれ頑張って、やっと「常●貴子に似てるね」なんて言われ始めたと思ってたのに…。
それなのにこの頭イかれてるオカメ化粧、私が似合ってるって本気でそう思ってんのかよ。
思ってるんだな?よーし表へ出ろ。

……ううう、褒められてる筈なのにちっとも嬉しくないっ!!!
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「長き道のさぞ行き疲れさせ給うなり。やがて湯の整いはべりたれば、づは御足おみあしを。」
→「長い道中さぞやお疲れでしょう。もうすぐ湯が沸きますので、まずはおみ足を(洗い申し上げましょう)。」

「さ、こなたに」
→「さあ、こちらに」

「しばしここにおはしまし給え。」
→「しばらくここにいらっしゃって下さい。」

「姫御前、姫御前」
→「姫様、姫様」

おどろかせたもうたりや。これより御身の化粧けそうさせたまわらんとぞんじてこしたてまつりたりけるに。」
→「驚かせてしまいましたか。これより化粧をさせていただきとう存じまして起こし申し上げたのですが。」

「さ、姫御前」
→「さあ、姫様」

男手おとこでそなえらるるか」
→「漢字をたしなまれているのか」

「あなや、てのほかくもきよらになられたるるや。」
→「なんと、予想外にこれほどまでにも美しくなられるとは。」

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