2017年7月27日木曜日

朝起きると既に隣に巣守隆康は居なかった。
ぼんやりと顔を洗いたいなと思っていると、婆さんが「姫御前ひめごぜ」と呼んでくる。

私は尼さんから姫様に昇格レベルアップした!
等と内心テンション上げながら婆さんに着いて行くと、井戸があって巣守隆康が顔を洗っていた。

「お早うございます。」

()早からず。我も翁共おきなどももあかつきがたには起き出でたれば。」

挨拶をすると軽口のようにさらりと返されたが――何か嫌味っぽいものを感じる。
さては夜中散々叩き起こした事を根に持ってるな。

彼は布で顔を拭き終わりこちらを向いた。

「だれ?」

思わず突っ込んでしまった。
馬鹿殿、化粧落ちてるんだもん。

 何て言い返そうかと考えていたのも全てぽーんと飛んでってしまったじゃないの。

化粧の落ちた巣守隆康の顔は整ったイケメン……という訳でもなく、何というかふっつーの顔だった。
ただし眉無しなのでヤンキーみたい、ぷぷっ。

眉描いたら、そうだなぁ。
お笑いコンビの背の低い方に居そう。

何て考えながら、馬鹿殿顔と今の素顔のギャップに笑いを堪えていると、

「我が繕わぬおもての、さしもおかしきや」

と拗ねたようにそっぽを向いて言われたので、私は、まあまあそうじゃないからと宥めるように首を振る。

「私は好きにございます。」

普通だしね。
その意味を込めて時代劇風に言ってみると、巣守隆康の顔がみるみる内に真っ赤になった。

「お、お…」

「お?」

「御許!恥を知りたまえ!」

怒鳴るなり、巣守隆康は顔を赤くしたままどこかへ駆け出して行った。
婆さんはオロオロしてるし、変な事も言ってないのに。

 何なんだまったく。純情か?


***


顔を洗い終わると、夕べと同じ汁を振る舞ってもらう。
巣守隆康は私が食べ終わった頃に戻って来た。
あの後水浴びしたらしく、髪が湿っている。
ずるい自分だけ。私も水浴びしたい。

奴は汁を急いでかき込むと、慌ただしく私の手を取って立たせ、外に出た。
外には既に馬が居て、出発を待つばかりの状況である。

「ちょっと」

抗議するも有無を言わせず私を抱き上げて馬に乗せるものだから慌てて鞍を掴んで体勢を整える。
ひらりと私の後ろに乗って手綱を取った巣守隆康は、家から出て来た爺さん婆さんに

おきなおうな――なれらがもてなしかたじけなし。」

と言って、小さなおひねりのような物を投げた。
爺さん達が頭を下げると同時に馬が動き出す。

私は慌てて彼らを振り返って「かたじけのうございました、お世話になりました。」と頭を下げた。
みるみる内に小さくなっていく彼らから視線を外して前を見ると、

「御許、ゆめゆめ、我ならぬ人前にて物言うまいぞ。」

と、念を押すようにゆっくりと背後から言われる。
何でさ?と思いながらも今は一応こいつが私の保護者みたいなものだから黙って頷いておいた。

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()早からず。我も翁共おきなどももあかつきがたには起き出でたれば。」
→「お早くない。私も爺たちも暁の闇の頃には起き出ていたから。」
※「お早うございます」という挨拶はないので、「起きるのが早いですよ」という風に巣守隆康には聞こえた。

「我が繕わぬおもての、さしもおかしきや」
→「私の化粧してない顔が、そんなに滑稽なのか。」

「私は好きにございます。」
→「私は好色女ビッチなんです。」という風に巣守隆康には聞こえた。

「御許!恥を知りたまえ!」
→「ご婦人!恥を知りなさい!」

おきなおうな――なれらがもてなしかたじけなし。」
→「爺、婆――お前達には世話になった、礼を言う。」

「御許、ゆめゆめ、我ならぬ人前にて物言うまいぞ。」
→「ご婦人、決して、自分以外の人前で話してはいけない。」

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