2017年7月27日木曜日

それは、大きな槍を持った鋭い目付きの若い男性だった。

なんと、馬鹿殿メイクをしていない、自然のままの顔である。
日に焼けて目が大きくて、何かインド人を彷彿とさせる顔立ちだ。
身長は、180㎝ぐらいだろうか?巣守隆康を基準とすればかなり背が高いと思う。
しかも、訓練中だったのかはだけられている上半身の筋肉の付きも良くガタイが良い。
シックスパックに割れてるし、うんうん、眼福眼福。

やってくるなりその人は地に膝をついて畏まった。

殿との、よく返りたまいき。くさの立ち返りて申すに、御身おんみ単騎たんきにてまよたまいしと。聞きたるにやつがれが肝の潰るるかとぞ思いたりける。」

「あな、立て。我は大事だいじなし。て、他の郎党らうどうどもはかえたりけるや。」

いないまだ。殿とのはりてやつがれててさいを取りたるとぞ。使いを遣わせん。」

「命生きて安穏あんをんにあらなん。」

そんな二人の遣り取りを百合をいじりながら聞いていると、

「そなたの尼御前を具せられたるは如何におわしますや。」

最初から気になっていたのか、こちらに注目がやってきた。油断なくジロジロ見て来る。
まあ戦やってるみたいだし、見慣れない怪しい人が居たら警戒するよね。
巣守隆康が「や、とどめよ。」と制止しても構わず、更に槍を持ったまま至近距離まで迫って来ると、眉間に皺を寄せ目をギョロッと見開いた、厳めしい顔で威圧してくる。

もしかして邪な視線で気づかれたのだろうか?
近づかれても正直威圧顔よりも筋肉が気になるのですが。
しかしその顔と体つき……金剛力士像みたいで笑える。

警戒されてるんだなーと思いながらとりあえず視線を合わせて微笑んで誤魔化す様に会釈をすると、力士像に何故か驚かれた。
そのまま私の胸元を見るや否や、「――や、桐の」と、一瞬にしてぱっと下がり土下座体勢を取ったので、今度はこっちが驚いた。
巣守隆康にでさえ膝をついただけだったのに、である。

「やんごとなきすじ御方おんかたと知らず御無礼ごぶれいつかまつりたる事、ひらに許したまわらん。やつがれ巣守すもり家が家来けらい鳥山半兵衛とりやまはんべえと申す。」

「私は…」

「こなたは朽木綾子とおおたまう。」

言いかけると巣守隆康に肩をぎゅっと掴まれた。
私に口を開かせず、巣守隆康は延々と説明をする。

「おまんを呼び衣・化粧けしょうなど仕立てて、ねんごろに心尽こころつくしてかしづきたてまつれ。詳しきはのちにかたりせん。」

「さてもさても、さいわいなりけりや。お萬の君なれば、言うべきにもあらず…」

「…しかなり。疲れたりけるに、湯殿ゆどまうけよ。さては夕餉ゆうげにこれをつくれ。」

言って、巣守隆康は鴇を渡す。
うやうやしくそれを受け取った鳥山半兵衛は「かしこまり申す」と言って大急ぎで元来た道を駆け出して行った。


***


巣守隆康は城だと言ったが、実際にはそこは城というか警備の厳重なデカくてだだっ広い屋敷群と言う方が正確だった。
二階建ては無く、高い建物は櫓ぐらいで全部平屋である。
姫路城みたいなのを想像してたのに、肩透かしを食らった感じ。

その中でも一際大きな屋敷にやってくると、馬を降ろされる。
そこには着物の上から襞巻スカートを来たような恰好の女性が何人か居た。

巣守隆康はその内の一人にこまごまと何か言いつけると、頷いてこちらを見る。
彼女はそのまま寄って来ると、頭を下げてきた。

「お初にまみたてまつる。姫御前、おのれは萬と申す者。姫御前にかしづきさせ給えば。」

お萬は言って、二ーッと不気味に笑う……その真っ黒な歯で。
白粉顔、剃られた眉、額に描かれた磨眉、赤い口紅。
そう、女性は全員馬鹿殿メイクであったのだ!

彼女は安心させるように笑ったのだろうが、私は不安を隠しきれなかった。
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殿との、よく返りたまいき。くさの立ち返りて申すに、御身おんみ単騎たんきにてまよたまいしと。聞きたるにやつがれが肝の潰るるかとぞ思いたりける。」
→「殿、よくぞ戻られました。忍びの者よりの報告で一人はぐれられたと聞き、それがしは肝が潰れるかと思いましたぞ。」

「あな、立て。我は大事だいじなし。て、他の郎党らうどうどもはかえたりけるや。」
→「まあ、立て。私は大丈夫だ。それよりも他の者どもは戻って来ておるか。」

いないまだ。殿とのはりてやつがれててさいを取りたるとぞ。使いを遣わせん。」
→「いえ、まだ(戻っておりません)。若殿の代わりに我が父が率いているという事です。(戻るように)使いの者をやりましょう。」

「命生きて安穏あんをんにあらなん。」
→「生き永らえて無事であればいいのだが」

「そなたの尼御前を具せられたるは如何におわしますや。」
→「そちらの尼さんを連れていらっしゃるのはどういう訳でございますか。」

「や、とどめよ。」
→「これ、やめろ。」

「やんごとなきすじ御方おんかたと知らず御無礼ごぶれいつかまつりたる事、ひらに許したまわらん。やつがれ巣守すもり家が家来けらい鳥山半兵衛とりやまはんべえと申す。」
→「高貴な血筋の御方に大変失礼申し上げましたこと、何卒お許しいただきたい。私は巣守家の家来、鳥山半兵衛と申します。」

「こなたは朽木綾子とおおたもう。」
→「こちらは朽木綾子とおっしゃられる。」

「おまんを呼び衣・化粧けしょうなど仕立てて、ねんごろに心尽こころつくしてかしづきたてまつれ。詳しきはのちにかたりせん。」
→「お萬を侍女につけ衣服・化粧などをきちんとした格好をさせ、丁重にもてなせ。詳しくは後程話そう。」

「さてもさても、さいわいなりけりや。お萬の君なれば、言うべきにもあらず…」
→「なんとまあ、僥倖でしたな。お萬殿を、となれば、言うまでもなく…」

「…しかなり。疲れたりけるに、湯殿ゆどまうけよ。さては夕餉ゆうげにこれをつくれ。」
「…そういう事だ。疲れているので、風呂を沸かせ。そして夕餉はこれを料理しろ。」

かしこまり申す」
→「かしこまりました」

「お初にまみたてまつる。姫御前、おのれは萬と申す者。姫御前にかしづきさせ給えば。」
→「初めてお目通り致します。姫君、私は萬と申します。姫君のお世話をさせて頂きますので。」

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