2017年7月27日木曜日

「な、何が起こったの…?」

呆然と呟くと、巣守隆康の家紋が再び淡く光り出し、辺りを照らした。
彼の顔も驚きの色が浮かんでいたが、その視線がある一点を見つめている。

「桐紋…御許、紋を見たまえ。」

言われて着物の胸元に視線を落とすと、私の喪服の五三桐紋が瞬く様に淡く

「光ってる…?」

それは数秒で消え、何の変哲もない元の家紋に戻った。
訳が分からず巣守隆康を見る。

真剣な眼差しで見返されてドキリとした。

「……御許、まことに桐の一族にありけり。」

嘆息と共に、重々しく呟く。

「こは御許の『紋術もんじゅつ』がしるしあるめり。」

「『紋術』?」

首を傾げて聞き返すと、巣守隆康はこちらをじっと見つめて「知り給わぬか」と呟く。

「……御許が『桐』は『切り』に通ず、故に我が紋術のしるし切らるるべし。如何いかな紋であれど桐の御前おんまえには皆、かうべるるのみとこゆ。」

うーん…。

「良く分かりませぬ。」

分かったのは、私の家紋も『紋術』とかいう不思議な力を持ってたって事と、巣守隆康の作る膜を触ったら効果が無くなるからダメって事ぐらい。

理解するのを放棄して言い放った私に巣守隆康はがっくりと頭を下げた。
ややあってまた上げると近づいてきて、「御許!」と両肩をわし掴んでくる。

「かばかりは。御許の知れども知らねども、この事必ず人に言うまいぞ。」

「はい?」

「言うまいぞ!」

あ、唾が飛んできた。汚いじゃん馬鹿殿。それに口臭くちくさっ!!

そう思いながらもその気迫に負けて、私はうんうんと頷く事しか出来なかった。


***


二人で爺さんたちの家に戻ると、婆さんが囲炉裏に鍋をかけて何やら煮込み始めていた。

うう、お腹が空いた。
美味しいのかな、あれ。

しばらくして出来上がった物を木の椀に入れられて竹で出来た箸と共に手渡される。
中を改めると、赤米っぽいものと緑や白の野菜らしきものがどろっとした汁。

この匂いは……。

恐る恐る食べてみる。
塩っ気のある、でも味が薄い。独特の臭み。

食べれない事はないけど……。

ぬかの味がする……。」

微妙な顔で啜っていると、婆さんの申し訳なさそうな顔と目が合って慌てて首を振る。

「いえいえ、美味しゅうございますよ。かたじけのうございます。」

軽く頭を下げ取り繕うように笑顔を浮かべると、婆さんは私の顔をじっと見てぽつりと言った。

「顔こそつくろわねどなりの美しきさま、けだしくもいずれかのやんごとなき姫君……」

「えっ、お姫様って……?」

そんな事今まで生きてきて言われた事がないんですが。

恥ずかしさに顔に血が上るような気持ちになって食べるのを忘れていると、

「この女性にょしょうは墨染の衣なる、されどよもや尼にはあらず。戦場いくさばに身をやつし逃げ流離さすらいしを介抱かいほうせし御方おんかたにて。」

巣守隆康が説明すると、爺さんが「まことにいずれかの姫君におはしますや。」と聞いて来た。
しかし私が何かを言う前に、巣守隆康が手で制して首を振る。

「そは汝共なれどもの知るまいもの。ただし得難えがたき人にて今に我がにと。」

んん?

多少の疑問を残しながら夜は更けていく。
用意された寝床はわらむしろを被せただけの、ハイジベッド状態のものだった。

そこに二人で雑魚寝する。ああ、畳が恋しい。

結局その晩はトイレの度、物音などの異常を感じる度、バシバシ叩き起こして付き合ってもらった。
だって怖いんだもん。


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「桐紋……御許、紋を見たまえ。」
→「桐紋……ご婦人、紋を見なさい。」

「……御許、まことに桐の一族にありけり。」
→「……ご婦人、(あなたは)本当に桐の一族であったのだな。」

「こは御許の『紋術』がしるしあるめり。」
→「これは(恐らく)ご婦人の『紋術』の効果なのだろう。」

「知り給わぬか」
→「ご存知ないか」

「……御許が『桐』は『切り』に通ず、故に我が紋術のしるし切らるるべし。如何いかな紋であれど桐の御前おんまえには皆、かうべるるのみとこゆ。」
→「ご婦人の『桐』は『切り』に通じるので、私の紋術の効果が切られたのだろう。如何なる紋であっても桐の前にあっては皆、頭を下げるしかないと聞いている。」

「かばかりは。御許の知れども知らねども、この事必ず人に言ふまいぞ。」
→「これだけは。ご婦人が知っても知らなくても、この事は絶対人に言ってはいけない。」

「顔こそつくろわねどなりの美しきさま、けだしくもいずれかのやんごとなき姫君……」
→「化粧こそしていないけれど、姿かたちの美しい様子、もしかしてどこぞの高貴な姫君……」

「この女性にょしょうは墨染の衣なる、されどよもや尼にはあらず。戦場いくさばに身をやつし逃げ流離さすらいしを介抱かいほうせし御方おんかたなり。」
→「この女性は墨染の着物を着てはいるが、決して尼などではない。戦場で(尼の姿に)身をやつして逃げ惑っているところを保護した御方である。」

「まことにいずれかの姫君におはしますや。」
→「本当にどこぞの姫君でいらっしゃるのか。」

「そは汝共なれどもの知るまいもの。ただし得難えがたき人にて今に我がにと。」
→「それはお前達の知るべき事ではない。しかしながら(なかなか出会う事が出来ない)素晴らしい人なので近いうちに私の妻にと(考えている)。」

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