2017年7月11日火曜日

墨染すみぞめのころもみじかかみいずれの寺の尼にかあらん。かような戦場いくさばに、さても不可思議ふかしぎないでたちにて。名を言わしましぇ(・・)。」

「は?」


***


一瞬、何を言っているのか分からなかった。
何とか頭を働かせて相手の言葉を脳内反芻する。
ええと、黒い和服に短い髪…どこの寺の尼か、こんないくさば…戦場せんじょうってことか…に、変な格好で…名を言え、という感じか。
とりあえず自己紹介をしようと口を開こうとすると、白粉顔おしろいがおの男は何かを見て驚いて叫ぶ。

「これは――桐紋!?そなた、桐の一族に相違そういなきや!」

桐紋?
という事は、男は私の両胸にある家紋を見ていたのか。
しかし…

「えっと、桐の一族…って何ですか?」

「や、『何です(・・)か?』と申しぇ(・・)らるるや。『です』、とは何とも面妖な言葉じゃ。われうぉ(・・)(はつ)にて聞き申したが、生国しょうごく何処いずこにや?」

問い返した私に馬鹿殿はいぶかしげな表情になった。
面妖な言葉遣いはそちらのほうだ、と思ったが、この異常事態の救いを求める方がそれ以上に重要である。
馬鹿殿武者の言う言葉の意味は全く分からないでもないが、古典芸能でも延々と聞かされているような錯覚を覚える。
何とか分からないところは何度か問い返し、途切れ途切れでも意味をつなぎ合わせてコミュニケーションを図るしかない。

「私は朽木綾子くちきあやこと申します。」

先程、『です』という言葉遣いを面妖と言われた筈。
馬鹿殿は『~申す』と使っているので、こちらも『申す』を使ってみる事にした。
案の定、こちらはそこまで違和感を与えなかったようだ。
私が名乗った事で、馬鹿殿はようやっと槍先を降ろして警戒を解く。

「さて、桐の一族に朽木家なる分家がありけりや?」

自分が時代劇の登場人物になったつもりで会話すればいいかもしれない――そう考えていると、向こうも考え込んでしまっていた。

「あの、あなた様は…?」

「む、我は木瓜もっくゎうの一族、巣守すもり家嫡男、巣守隆康すもりたかやすまおす。」

巣守隆康と名乗った武将はもうすをまおすと発音した。
MANをめぇん、と発音された時のようにかすかにイラッとする。

「あの、桐紋を持ってたら…何かあるんです――いえ、あるのでございますか?」

御許おもと真実まこと桐の一族なるや?先の霧は、御許おもとの仕業であらんや。あいや、先に問ひたりきな――桐の一族は何ぞ、と。」

どうも話が噛み合わない。
霧が私の仕業?どういうことだろう。

「「・・・・・・。」」

相手も話が噛み合わないと思ったのだろう、私たち二人は同時に押し黙ってしまった。
竹林に風が吹く。
その頃にはもう、霧はすっかり晴れてしまっていた。
先に口火を切ったのは巣守隆康すもりたかやすの方だった。

「…斯様かように長くおってもいたかたなし。御許おもと、我と共にまいられ。」

言って、巣守隆康すもりたかやすは馬を下りてくつわを取ると近づいてくる。
一緒に来いってことか。
他にあてもないし、私は彼についていくことにした。


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「これは――桐紋!?そなた、桐の一族に相違そういなきや!」
→「これは――桐紋!そなた、桐の一族に違いないか!」

「や、『何です(・・)か?』と申しぇ(・・)らるるや。『です』、とは何とも面妖な言葉じゃ。われうぉ(・・)(はつ)にて聞き申したが、生国しょうごく何処いずこにや?」
→「ん、『何ですか?』と仰られたのか。『です』とは何とも変な言葉だな。初めて(その言葉を)聞いたけれども、出身は何処の国なのか?」

「さて、桐の一族に朽木家なる分家がありけりや?」
→「はて、桐の一族に朽木家という分家があっただろうか?」

「む、我は木瓜もっくゎうの一族、巣守すもり家嫡男、巣守隆康すもりたかやすまおす。」
→「む、私は木瓜(紋)の一族、巣守すもり家嫡男、巣守隆康すもりたかやすという。」

御許おもと真実まこと桐の一族なるや?先の霧は、御許おもとの仕業であらんや。あいや、先に問ひたりきな――桐の一族は何ぞ、と。」
→「ご婦人、(あなたは)本当に桐の一族なのか。先だっての霧はご婦人の仕業じゃないのか。ああ、(そういえば)先程聞いていたな――桐の一族とは何か、と。」

「…斯様かように長くおってもいたかたなし。御許おもと、我と共にまいられ。」
→「…このように長く(ここに)居ても仕方のない。ご婦人、私と一緒に来なさい。」

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