2017年7月11日火曜日

私の言葉が聞こえているのかいないのか。
それとも聞こえているけれど理解出来てないのか。

巣守隆康は逃げようとしない。

――走って逃げて、囮になれば。

気持ちは焦るばかり。
そう思って馬を降りようとすると、巣守隆康は鋭く

「御許!ゆめゆめ、降るるまいぞ!」

と大音声で叫ぶ。
物凄い気迫に気圧されて私はビクリと震え、心臓が止まるかと思った。

絶対に馬から降りるなって?
判断が遅くなればなるほどにこの状況ヤバいのに?
それとも、何か考えがあるのだろうか。

「やるまいぞ、やるまいぞ。」

馬鹿殿2号が謡うように言うと、寿藤惟成の服――いや、正確にはその装束の家紋がぼうっと光った。

「藤紋に搦め捕られたるはいかな大木であれど逃れ難し」

ザワザワ、と何かがハイスピードで動き差し迫ってくる音。

本能的な恐怖に私はぎゃっと悲鳴を上げるも、馬も驚きに足踏みをするので、必死に鞍にしがみつく。
それに搦め捕られるのは一瞬、あっという間だった。

気が付くと、馬の体が蔦に搦め捕られていた。あっ、巣守隆康も捕まってる。
しかしそれは何故か私には触れてこなかった。

私の体に数センチのところで、戸惑ったように蠢いている。

「何、これ…まるで意思持って生きてるみたいに…」

巣守隆康は、戦場の霧を、桐紋を持つ私が起こしたのではないかと言っていた。

この蛇みたいな蔦も、家紋の持つ力…?

ああ、私、本当に。
異世界に来てしまったんだ。しかも、日本の中世っぽい所に似た世界に。

どこかでタイムスリップかな、とか時代劇かな、とか悪あがきしていた。
でも、この魔法みたいな世界が私の現実なんだ。

呆然として寿藤惟成、正確にはその光る家紋を見ると、向こうも呆けたようにこちらをみていた。

なれはまことに桐の女性にょしょうにやあらん。如何に我が藤紋がしるしあらず。」

「へ?」

「藤紋が験あらねば汝は藤の者にあらずや。桐の紋を着たるはいかにぞや。」

寿藤惟成は真剣な顔付きになって尚も問いかけて来る。
私が答えられないでいると、どう受け取ったのか眉間にしわを寄せた。

「いらえなきか。ばおして参らうぞ。」

言って周囲に目配せをし、それに従った配下の兵達がじりじりと包囲網を狭めてくる。
そもそも言われた事が良く分からず困って巣守隆康を見ると、俯き加減に何かブツブツ唱えているようだった。

後数歩の距離まで迫られたその時、彼は顔をばっと上げる。

寿藤与一惟成すどうよいちただなり――木瓜もっくゎうが一族の紋の力、とくとご覧召されよ!」

叫んだ瞬間、その家紋が光を放った。


***


何が起こったのか良く分からない。
現象としてはその場に居た敵達全員が呻いて膝から崩れ落ちたという事だ。
同時に絡まっていた蔦も力を無くし普通の植物に戻ってバサリバサリと地に落ちる。

「なんぼう下種下種げすげすしき力よ…」

馬鹿殿2号は膝をついたまま、力無く、しかし憎々し気に見上げて呟く。
巣守隆康はそれを冷たく見下ろして、フンと鼻を鳴らした。
私の後ろに跨ると、男達を尻目に拍車を軽くかけてトットットッと駆け足でその場を離れていく。

時折後ろを振り返ってみたけれど、追いかけて来る様子はなかった。
何が起きたのか何度聞いてみても、口をへの字に曲げて「言いたからず。」としか言わない。

やがて山道も終わり、人里に辿り着いて一息つけたのは陽が傾いて周囲が赤く染まった頃だった。

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「御許!ゆめゆめ、降るるまいぞ!」
→「ご婦人!絶対に降りてはいけない!」

「やるまいぞ、やるまいぞ。」
→「逃がすものか、逃がすものか。」

「藤紋に搦め捕られたるはいかな大木であれど逃れ難し」
→「藤紋に搦め捕られたら(最後)どのような大木であっても逃げられない。」

なれはまことに桐の女性にょしょうにやあらん。如何に我が藤紋がしるしあらず。」
→「お前は本当に桐の女なのか。何故我が藤紋が効果を発揮しない。」

「藤紋が験あらねば汝は藤の者にあらずや。桐の紋を着たるはいかにぞや。」
→「藤紋の効果がないということはお前は藤の者ではないのか。桐紋の着物を着ているのはどういうわけか。」

「いらえなきか。ばおして参らうぞ。」
→「答えなしか。ならば無理にでもいくぞ。」

寿藤与一惟成すどうよいちただなり――木瓜もっくゎうが一族の紋の力、とくとご覧召されよ!」
→「寿藤与一惟成すどうよいちただなり――木瓜の一族の紋の力、存分に見られるがいい。」

「なんぼう下種下種げすげすしき力よ…」
→「なんという卑しく下品な力だ…」

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