2017年6月10日土曜日

3.足して繋がる

私はそれから一心不乱に花嫁修業に明け暮れた。

学院ではおろそかになっていた掃除、洗濯、料理、お菓子作り、機織りに刺繍――母やメイドに教えてもらいながら、どんな家に嫁いでも良いように。
付け焼刃でも無いよりはマシだし、何より何かをしていると気が紛れるからだ。

半年ほど経って、花嫁修業もそれなりに出来るようになった頃。
見つかった相手は辺境ファスターを治めるニッティ家だった。
私の希望に沿うような幾つかの家を見繕って打診し、色よい返事が返ってきた家で私が幸せになれそうなのはここだったのだと父は言う。

相手はニッティ家の長男、ファスター公トール・ニッティ。
年は29であり、彼はずっと婚約相手が見つからないでいるそうだ。

私はざっとファスターについて脳裏で反芻する。

昔は魔鉱石の産地として潤っていたらしいが、その鉱脈は枯れかけており、現在は屑魔石しか出てこないと聞く。
農地に出来る平地が少なく、牧草と岩山だらけの、主に牧畜で生計を立てている貧しい土地。

父に確認を取ると、やはりトール・ニッティが婚約者を見つけられなかったのは経済的状況だった。
そして、今回の縁談を受けた理由も。

ニッティ家は当主の末の娘の結婚で持参金が不足しているらしい。
そんなところにアルストル家が縁談を持ちかける。妹思いのニッティ家当主は、曰く付きの娘を嫁に貰ってでも父が提示した持参金が入用だったのだろう。

……金で娶られる人間は幸せになれるのだろうか?

傷持ちで贅沢は言ってられないかも知れないが、流石に不安になる。

「お父様、あの…トール・ニッティ様はどのような方なんでしょう。」

「トール・ニッティ殿は数度お会いしたことがあるが、穏やかで寡黙な人柄だ。悪い噂も聞かない。大人しいお前とは似合いの夫婦になるだろう。」

適当に探した相手ではない、と父は言う。

「――貴族の結婚は常に政治的な意味合いを持つ。たとえお前に魔法の才能が無くても、その身はアルストル公爵家の娘に生まれついたのだから。この結婚は、陛下がお認めになったものでもある。お前が後ろ指を指される事の無いように取り計らってくださるとの仰せだ。」

父はファスター公について語り始めた。

ファスターには数百年前ヤーン王国があった。

わがリストーム王国は何度となくファスターの地をわが物にせんと戦争を仕掛けてきた歴史がある。手つかずのかの地はミスリル・金・魔鉱等希少金属の宝庫だとまことしやかに言われていたからだ。
深い森や山岳地域には魔物も多く、攻めるには難しい土地。
地の利を生かし、ヤーン王国は徹底抗戦した。
戦争は兵を多く投入したリストーム王国に軍配が上がったが、あくまでも辛勝であり――厳密に言えば和睦に近い降伏という形で終息している。

ヤーン王家は併合後、臣従して姓をニッティと改めた。
政略結婚にてリストーム王家と繋がりを深め、ファスター公に封ぜられたまでは良いものの、リストーム王国が戦争で支払った代償は大きかった。
戦後復興と鉱山開拓に金がかかり、王国は一時的に財政難に陥ったという。

やっと魔鉱脈が見つかってからはファスターは栄えたが、それも今は昔の事。
魔鉱石の産出量が落ち込んでからというもの、新たな鉱脈も見つからぬまま現在に至る。

魔鉱石の産出がおぼつかなくなってからは王家とニッティ家の間に婚姻は結ばれていない。
ニッティ家は高貴な家でありながら没落の一途をたどるばかりである。

ニッティ家とて何もせず手を拱いていたわけではない。
財政を何とかしようと、先々代からファスター公は森の開拓に着手してきた。
だがその副作用で、より多くの魔物の生息域と接するようになり冒険者や傭兵が増えた。
魔物の素材はそれなりに高く売れるが、それだけでは魔鉱石の収入には及ばない。
先代からは傭兵稼業にも力を入れていると聞く。
その傭兵業を警戒したのが王家だった。
貧しさは民の不満を生んでいるだろうし、そこへ傭兵という軍備の強化である。
下手するとヤーン王国独立を、等と反乱の温床になりかねない。
さりとて現王家には政略結婚に差し出せる未婚の姫は居ない。
そこで、代わりに王家に連なる名門のアルストル公爵家との縁組で鎖を強化する。

政治的な意味、つまり私を膨大な持参金とともに嫁がせることで恩を売るという事。
しかし内実私は魔法の才能がないみそっかすだから万が一の事があっても価値は低く惜しくはない。
王の保証の下、弟の将来も守られるだろう。

「そう、ですか…。」

これは確かに良縁なのだろう。貴族の義務を果たせる上、私の希望通りの婚姻。

「お前の学院での成績からすれば魔道具職人の真似事なら出来るだろう。ファスター公の名で売れば多少はまとまった金になる。それは先方も承知している事だから安心しなさい。安定した収入を得られるまで魔石は融通してやる。」

父は私の事をちゃんと考えてくれている、その事に目頭が熱くなる。
しかし、その猶予も弟が家を継ぐまで、だろう。
それまでに生計を立てられるようにしろ、という事だ。

「お父様。私の為に、骨を折ってくださりありがとうございます。これ以上の良縁はありません。」

「お前は誰が何と言おうと大切な娘だ。お前の幸せの為に、出来る事は何でもしよう。それが金で買えるのなら幾らでも出そう。私の願いがただ一つ――幸せになりなさい、クロシェ。」

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