2017年6月16日金曜日

6.馬の蹄も高らかに

「旅ってこんなに大変なものだとは思ってもいなかったわ。ミルヤは大丈夫?」

ぐったりしながら馬車に同乗している法術師の彼女に聞くと、日々鍛えてますから、とにこやかに返される。
貴族と平民というよりも、貴族と冒険者の生活環境の違いなのだろう。
何より、運動量が違うし体力や持久力も違う。

冒険者には旅の中でとてもお世話になり、それなりに打ち解けたが、中でも紅一点の彼女には一番お世話になっている。
主に衛生面やシモ関係の事で。
そのおかげか私は早々に取り繕うことを放棄し、彼女とはかなり仲良くなれたと思う。

ファスターに入る関所の近くの村で一息つく。
小さな村なので村長の家の離れを貸りてそこに落ち着いた。

皆で炉端を囲み、夕食を作る。
村で調達した塩漬け肉と野菜でスープを煮る。
パンは分けてもらったものの、硬くてパサパサした黒いパンでそのままでは食べれそうにない。
小さく切り分けてチーズを乗せ、木を削ったものの先端に刺して火で炙って食べる。
馬車に残っていたワインを飲むと、寛いだ雰囲気になり人心地ついた。

「やっとここまで来ましたね。」

溜息をつくように言うと、皆は苦笑いを浮かべる。

「ファスターに入ればどうしましょう。馬に乗っての旅でも大丈夫そうですか?馬車だと大分遠回りになるんですよね。魔物の繁殖期ということを考えたら、馬の方が安全かと思うのですが…。」

ヘイムの提案に他のメンバーもうんうんと頷く。
馬車で、とはとても言えない空気である。

「う…馬でお願いします。」

思わず顔を覆って絞り出すように言うと、ミルヤがしゃがんで私の顔をじっと見つめる。失礼します、と言って手を額に当てたり目を覗き込んだりと軽く診察をしてくれた。

「安全を期してスピードを重視した強行軍になります。少し、休んで体調を整えられたほうが良いみたいですね。この村に二日程滞在して様子をみましょう。」


***


旅の疲れが出て寝込んだものの、ミルヤの術もあり私は一日半で回復していた。自然に任せればもっと時間がかかっていただろう。

食後の散歩を兼ねて少し歩こうと外へ出る。
爽やかな風と晴れ渡った空に癒されながら歩くと、ポムの実が生っている木を見つけたので近寄ってみた。
ポムの実は丁度食べごろなのだろう、赤く熟れている。しかし生っている場所が高すぎた。
まるで自分が寓話の葡萄を見上げるキツネのようだと思いながら見上げていると、風切り音がして実が落ちて来る。
あっと思って咄嗟に手を差し出し、間一髪で受け止めた。

「お見事!」

唐突な拍手に振り向くと、魔術師のクヌートだった。
その遥か向こうに弓ごと手を振るヘイムや鍛錬途中といった風情の剣士のヴィンセントと戦士のグンナルの姿が見えた。

「ま、まさかあの距離でポムの実を落としたのかしら?」

驚いてヘイムとポムの木を見比べていると、初めて見た時は私も吃驚しました、とクヌートは言う。

「ヘイムは弓の名手なんですよ。ファスター一の腕前だと言っても過言じゃない位です。飛ぶ鳥の目だって正確に容易く射抜くんです。」

「そう言えばファスターの民は弓に長けていると書物で読んだ事があります。その中で一番の腕前という事は、きっと王国一なのですね。」

感心して言うと、いつの間にか近くに移動してきていたヘイムが「王国一は流石に仲間の贔屓目ですよ」と笑う。

「ファスターは凶暴な魔物が多い地ですからね。気配を殺して隠れ、弓で仕留めるのが一番生き残れるんです。だから皆、幼い頃から必死で練習する。」

言って、ヘイムは弓の弦をビョンと鳴らした。
素人目にも引き絞るのにかなり力を要しそうな強弓だと分かる。

「貴族の子弟として、騎士を目指されなかったのですか?」

貴族の長子以外の男子は普通騎士を目指す。騎士だって弓を専門にする者もいる。
なのに何故冒険者になったのか。
思い切って疑問に思っていてもなかなか聞けなかった事を聞いてみた。

「いやあ、我が家は貧乏貴族ですし私自身剣はからっきしなんですよ。それに、魔物を狩っている方が実入りも良いし性に合ってる。」

恥ずかしそうに頭を掻いて肩を竦める未来の義弟に私はぽかんとした。
なるほど、婚家は騎士学校の学費も節約するほど想像以上に経済的に大変らしい。

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