2017年6月15日木曜日

5.運ぶ馬車、転がる車輪

王都を発って早数週間。私は馬車に揺られていた。

街道を馬車で進み、小さな宿場町や大きな他領の街に寄りながら進む。
人生初めての旅に心躍らせ、物珍しいものを見ては内心はしゃいでいたのも最初の内だけ。
旅そのものは今のことろ順調である。しかし、問題は私自身にあった。

旅は貴族生活をしていた私にとってはキツいものだった。
毎日ずっと馬車に揺られるだけで酔ったり疲れたりする。
昼は冒険者たちが用意してくれるが、ヘイムが狩ってきた野兎などを使った野趣溢れるものである。
塩と野生のハーブが使われていて味そのものは悪くなかったが、加工過程…一度、獲物を絞めているところを見てしまって食欲が減退した。

数日ならばまだしも、数週間に渡ってこんな生活が続くといい加減目的地に到着して早く休みたいという気持ちで一杯になる。
同時にこんな長い旅をして訪ねてきた義弟達に対して、アルストル家は初っ端から何という事をしたのだろう。


***


「何か行き違いがありましたようで失礼をしてしまい、申し訳ございませんでした。私はクロシェ・アルストルと申します。」

すぐにやってきたヘイムの仲間に挨拶をする。
ヘイム以外では男性三人に女性が一人。それぞれ剣士のヴィンセント、戦士のグンナル、魔術師のクヌート、法術師のミルヤと名乗った。

「道中さぞやお疲れでしたでしょう。家の者にはよく言い聞かせますので、出立の時までではありますがゆるりと我が家でお寛ぎ下さい。」

立ち話も何ですから、と席を勧める。
座ったもののヘイム以外の冒険者は恐縮していて、会話をしているのは主に私とヘイムだった。

「ヘイム様はおいくつなのかしら?」

 「23です。ははっ、まさか年下の義姉上が出来るとは思いもよりませんでした。」

 「家族になるんですし、私の方が年下ですし……どうぞ気軽にクロシェと呼んで下さいな。」

等と和やかに会話している内に使用人が戻って来る。
お茶の用意がなされている間に母と弟がやってきて、空気が緊張をはらむのを肌で感じた。
案の定、ファスターからの迎えの貧相さに対して怒りを覚えているようだ。
これが義弟直々に来ているという事でなければどうなっていたか恐ろしい。

「遠路はるばるアルストル公爵家へよくお越しくださいましたわ。クロシェの母、シャロリア・アルストルです。」

「弟のトビアスです。」

挨拶が交わされ、お茶をしている間。
母を見るだに流石に公爵夫人として外面は取り繕ってはいるが、目が笑っていない。
弟に至ってはあからさまに冷淡な態度を取ってしまっている。
冒険者の面々はハラハラ、茶菓子の味も分からない様で、私はやはり別室に居てもらった方が良かったのかもと内心彼らに謝罪する。
ヘイムはというと、そんな様子に苦笑を浮かべていた。
母と弟を宥めながらヘイム達をもてなすのに私は神経をすり減らした。

「失礼ですが、貴方達五人だけで護衛をなされるのでしょうか。大事な大事な花嫁ですし、もし差し支えなければこちらからも人を出しましょうか?」

母は鷹揚に扇をゆっくりと動かし、微笑みさえ浮かべながら彼らを見つめる。

「ご心配なのはごもっともです。ですが、私共は少数精鋭のパーティを組んでおります。ギルドでもAランクを頂いている自負がございます。ファスターまでの道中、私共にかなう敵は居ないでしょう。私にとっても未来の義姉上、命を賭して守り抜きましょう。どうぞご安心ください。」

「あの、私は冒険者の事は良く分からないのですが、Aランク、とはどのぐらいのお強さでいらっしゃるのでしょうか。」

気になっている点を面々と視線を合わせながら聞いてみる。
彼らは顔を見合わせ、剣士のヴィンセントが恐れ入りますが、と発言の許可を願ったので許可をする。

「そうですね、良く知られた魔物と言えば…ワイバーンでしょうか。楽勝とはいきませんが、全員全力で戦って勝てる程度です。」

「えっ、ワイバーン?すごい!」

先程のツンツンした態度から一転、トビアスが目を輝かせて立ち上がりかけた。
キラキラとした目でヴィンセントを見つめている。
母が「これ、不作法ですよ!」とすかさず腿をパシンと扇で打ち、弟は涙目で座りなおした。

「ワイバーンという魔物は歴史の記録や吟遊詩人の物語に語られておりますし、私も存じております。皆様が相当お強いだろうという事は分かりました。しかし、護衛の人数は多いに越した事はないのでは?」

若干態度を軟化させた母の言葉。
ヘイムはいえ、一概には言えませんと首を振る。

「ファスターに入るまでは平坦な街道沿いですし、宿場も多いので大人数でも良いのですが、入った後は険しい道も多く、土地勘のない兵団はむしろ足手まといになりかねません。ぞろぞろ引き連れていると却って狙われやすくなったりする、という理由もあります。大事なもの程見つかりにくいように隠すのが、災いを避ける為にも必要なのです。何より、魔物以上に厄介なのは盗賊などのならず者ですね。先に花嫁道具を送って頂いた折も、荷の受け渡しはファスター領に入る手前で行われました。」

ああ、勿論一つも損なう事無く届いておりますのでご安心を、と続ける。

「結婚式の折に我が家へいらっしゃる折には、兄自らが兵団を以てお迎えに上がり、領内での安全をお約束致します。その時には魔物の討伐も落ち着いているでしょうから。」

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