2017年6月12日月曜日

4.新たな運命

それから、私の結婚は瞬く間に本決まりし、あれよあれよという間に準備が整えられた。
父とファスター公との間で細かな取り決めが行われた。

持参金諸々は先にニッティ家に送られている。
後は花嫁である私がファスターへと向かい、生活に慣れながら結婚式のその日を待つという段取りだ。

ファスター公より迎えが来たという知らせがあった。
鏡台の前で、私に幼少の頃から仕えてくれている侍女のマリーに髪を梳かれながら、鏡を見つめる。
髪が結い終わり、いよいよだと腹を括っていると、マリーの様子がどこかおかしい事に気付いた。

「どうしたの、マリー。」

「あんまりですわ、クロシェ様。こんなの、あんまりです……。」

マリーはポロポロと涙を流す。
お仕着せのエプロンからハンカチを取り出すと顔を覆った。
それに疑問を覚えながら私は大丈夫よ心配してくれて有難うと宥め、他の侍女を呼びその場を任せて部屋を出た。
私のような役立たずのお嬢様でも惜しんでくれる彼女の気持ちは嬉しいけれども、違和感を感じる。
そんなにファスター公と結婚する事は悲しまれるような事なのだろうか。

確かにお母様も弟も最後まで渋っていたけれど。

そもそもファスター公との結婚式はひっそりと身内のみで執り行われる事と前から決まっていた。
この結婚を認めた王家としてはファスター公を恐れていると噂されるのを避ける事が出来る。
アルストル家としても不名誉な噂を避ける事が出来る。
ファスター公としては妹君の結婚式もあり、準備に時間がかかるという事情があった。

そんな事情もあるだろうが、それは私の希望でもある。
当事者としては三方それぞれの理由が組み合わさって希望が通ってしまったのは気味悪いぐらい運命的だと思った。


***


「お初にお目にかかります、義姉上。私はヘイム・ニッティと申します。」

客間にあったのは一つの人影。
父はまだ家に帰らない。母と弟もまだ支度が終わってないようだ。

ファスターから私を迎えにやってきたという男性は魅力的な人だった。

銅の巻き毛は肩辺りぐらいまで伸びており、それを後ろに括っている。
日に焼けた小麦色の肌の精悍な顔、かといって粗野ではなく気品を感じる。
空色の瞳はその心の明朗さを表しているようだ。

どことなく人形めいた学院の男性達とは違う、生命力溢れる男性。

彼は微笑むと、しなやかな体躯で美しい礼を取った。
私もドレスの端を摘まんで返礼する。

「クロシェ・アルストルです。ニッティ…ということはあなたは…」

「はい、トールの弟です。本当は兄自らが迎えに来るべきではあるのですが……丁度魔物の繁殖期にて傭兵団の指揮にかかりきりになって領地を離れる事が叶わず。事情が許さず、申し訳ありません。兄の依頼という形ではありますが、義姉上をお迎えに上がりました。」

「依頼?」

どういうことだろう、と問うように見る。

「ああ、恥ずかしながら冒険者をしております。」

「ヘイム様お一人で、私を護衛くださるという事でしょうか。」

「いえ、勿論私一人ではなく。他に仲間四人と共に参りました。私が言うのも何ですが実力は折紙付きです。義姉上をお守りする能力は申し分ないのでご安心ください。ただ彼らは平民ですので別室にて待たせて頂いております。」

そう言ってヘイムは私を見つめ、反応を窺っているようだった。
首をかしげ、部屋の中に視線を泳がせると――茶の用意もされていない。

「……家の者が何か失礼をしてしまったのでしょうか。」

先ほどの侍女マリーの反応。何となく想像がつく。
私を迎えに来たのが兵団でもない、義弟とその仲間の冒険者のたった五人だけ。
私が軽く見られ侮辱されている、と慇懃無礼に応対でもしたのだろう。
申し訳ありません、と謝罪すると、ヘイムは慌てて首を振った。

「いえ、とんでもありません。」

「…お仲間の方々にご挨拶させて頂いても?これから命を預け、お世話になる身ですから。」

私はベルを鳴らして使用人を呼ぶ。
人数分のお茶と菓子の用意、ヘイムの仲間をここに丁重に通すようにと申しつけた。

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