2017年6月10日土曜日

1.ほどけて切れた

「クロシェ・アルストル。悪いけど君との婚約は無かったことになったから。」

卒業式典の後。
人気のない廊下で告げられたその言葉に私は、ああやっぱりと思った。

「そっか…。」

「本当にごめん、クロシェ。」

彼は拳を握って下を向く。私はかぶりを振った。

「いいの。私みたいなの、ルドウィンに相応しくないもの。」

このリストーム王国でも屈指の魔術の名門アルストル公爵家に生まれながら、出来損ないの私。
溜めこむダムは膨大なのに、放出する水がチョロチョロ。
銀行に沢山お金があっても、一度に引き出せるのはほんの1銀貨。
持っている魔力量こそは膨大なものの、肝心の放出能力がダメな使えない魔術師。
それが私、クロシェ・アルストルの卒業までの総合評価なのだから。

優秀な魔術師を輩出してきた家同士の婚約。
学院在学中に、私は自分の欠点を克服できなかった。
だから彼――ルドウィン・ソルテールの妻にはなれない。
そして今日、彼からの婚約破棄宣言。それが、ソルテール公爵家の下した決断。

「家に帰ったら、うちから婚約破棄の申し出が行く頃だと思うから…。」

彼は私から目を背けるようにして踵を返して歩き出す。
柱の陰から「もう話は終わったのね、行きましょ。」と弾む声で女生徒が飛び出して来て彼の腕に自らの腕を絡めて歩き出した。

「数日前、ソルテール家から婚約の申し出があった時は嬉しかったわ。夢みたい、うふふ。それもこれも落ちこぼれの誰かさんが」

「やめろよ。」

ちらりとこちらを振り向いた彼女は、在学中ずっと私に絡んで何かとチクチク意地悪をしてきた奴だった。
身分こそは私より低いが、成績も魔力も外見も申し分の無いチェルトン子爵の娘ケイリシアは優越感に満ちた笑みを浮かべ、私をどこまでも惨めな気持ちにさせた。
きっと、ルドウィンは彼女と婚約・結婚する事になるのだろう。

とぼとぼと自室に帰って来ると、荷造りは粗方終わっており、手持ちになる以外の最後の荷物が運び出されるところだった。実家からやってきたメイドや従僕は有能だ。
それから、もう本日に実家へと発つクラスメイトからのお別れの挨拶を受けたり、食堂で最後になる学食を食べるともうやる事が無い。メイドが夜着を持ってくると、「明日の午後お迎えに上がります」と慇懃に一礼し、部屋には私一人きりになった。

ぽすん、とベッドに倒れこむ。

燭台がぽつんと置いてあるだけの、書籍や文具が無くなったがらんとした机に無造作に置いていた杖を持ち上げて眺める。蝋燭の光を反射した銀色がオレンジに光った。

「奮発して買ったこの杖も、意味が無くなっちゃった。」

魔力放出量を何とかしたくて特注してもらった、魔力抵抗の少ない高価なミスリルの杖。
これがあったおかげで多少はマシになり実技は何とかこなせてきたけれども、もう使う事はないと思う。

「疲れた…」

杖を持っていない方の腕で目を覆う。どこかに置き忘れて来たように、涙は出なかった。
私は精一杯努力した。本当によくやったよ、自分。
生まれ持ったものはどうしようもない。
頑張っても変えられなかったものは仕方がないし、その事で生まれた結果はしっかり受け止めなきゃ。
もう寝ちゃおう。
人の喜怒哀楽などお構いなしに明日はやってくるし、太陽はまた昇る。


***


一晩寝れば多少マシになった気がする。
朝、身支度を終えた私は備え付けのタンスに嵌め込んである鏡を見た。
昼過ぎに出発なのでそれまでにお世話になった人達に挨拶に行かなきゃ。
毎日睨めっこしてきた鏡とも今日で見納め。
美形の家族に比べて、映る自分は相変わらずさえない容姿だと思う。
悩みの種であるそばかすの少し散った頬に燃えるような赤い髪。
唯一好きになれるのは青みがかった緑の瞳だけ。

「あーあ…せめてこのそばかすが無かったら良かったのに。」

そうであれば少しは自分に自信が持てたんだろうと思う。
陽に当たると増えると聞いてから極力日陰にいるようにしたからか肌は不健康に白い。
そばかすに効くとされる朝食の日課の木苺を口に放り込む。やや季節外れのそれは今の私の境遇の様に酸っぱかった。

交流のあった友達とカードやささやかな贈り物をして別れを惜しむ。
でも、中でもダニエラ・ヒースターは私の大親友とも呼べる人。

ダニエラは部屋には居なかった。彼女のメイドが庭園にいると教えてくれた。
庭園に向かうと案の定、東屋に彼女らしい人影を見つける。
廊下の日陰から日向へ出ると、太陽の光が目を一瞬晦ませた。
思わず手を額に翳すと、突き抜ける程の青空。
学院の庭園は鮮やかな花に彩られ、蝶や蜜蜂が飛び交っている。

「ダニエラ、ここに居たのね。」

「……あっ、クロシェ!貴女を待ってたのよ。」

ダニエラは数秒ぼんやりしていた様だったが、ぱっとこちらを向くと若草の瞳を細め、ふわりと笑った。
しっとり落ち着いたハチミツのような金髪の巻き毛が踊る。
彼女はヒ―スター辺境伯の娘だ。魔法能力はそこまで高くなく、私とどっこいどっこい。
ただ違うのは、彼女は魔法能力をそこまで重視されないという事。

私は家の意向で無理やり魔法専門に学ぶ教室に属していたが、彼女のように普通の貴族の家は一般の教室で学ぶ。
前者は専門性を重視するが、後者は魔法は一般教養レベルのみで後は貴族の子女としての教育を重視される。
男性は領地経営と戦術・女性は楽器と刺繍といった風に。
ちなみに騎士になる貴族は別に全寮制の騎士学校がある。
彼女とは、初歩の魔法実習の際に一緒になった事がきっかけで仲良くなった。

「もう卒業なんて、時間が過ぎるのは早いわね…。」

「ええ…。」

彼女と思い出を語る。
ダニエラの領地は遠い上、彼女の結婚相手が相手なので、今後は滅多に会う事は難しくなる。
けれども私の彼女への友情は何時までも変わらない、だからこそ。

「ダニエラ、これ貰ってくれる?」

彼女に私に出来る最高のプレゼントをしようと思って細心の注意を払って作り上げた腕輪。
実践こそは及第点スレスレだったけれども、魔法の理論さえしっかりしていれば大きな魔力をあまり要しない魔道具加工だけは誰にも負けないように勉強していた。

装着者と大気中の魔力を少しずつ取り込み魔石に溜め、「キーワード」によって強い守護の魔法を展開するようにしてある。注意事項は一度使ったらまた魔力が石に溜まるまで待たなければいけない事。

腕輪を渡して説明すると、彼女はクスリと笑った。

「ふふ…お互い考える事は一緒なのね。実はね、私もお揃いで作ったものなの。魔法はかかってないけど、あなたの幸せを祈ってるわ。」

ダニエラからはロンスキー布のハンカチだった。手触りが滑らかで、レースで縁取られている。
広げてみると、私のイニシャルと、民間に伝わる幸福を呼ぶシンボルが全体的に細かく刺繍されており、素敵で見事な品だった。

「ちょ、ちょっと…こんな高価なもの、いいの?」

「実は、リュシアン様が下さったものなの。これはその端切れを少し、ね。」

リュシアンというのはダニエラの婚約者で、第二王子である。
彼女は言わないが、高価で希少なロンスキー布、恐らく花嫁衣裳の為のものだろう。
私は仰天し、しばし彼女と押し問答したが、結局押し切られてしまった。

「リュシアン様は好きに使って良いって言って下さったからいいのよ……昨日の事、聞いたわ。あの女が自慢げに触れ回ってたから。私、悔しくて…イニシャルだけのつもりが徹夜で頑張っちゃった。クロゥ、親友のあなただからこそ貰ってほしいの。お願い。」

「ダニー……!」

彼女の言葉に胸がいっぱいになる。
私達は抱き合って涙を流し、別れを惜しんだ。

やがて彼女の出立時間が来て、見送る。
馬車はあっという間に遠くへ行ってしまった。
身を引き裂くような別れのあと、私は涙を拭って学院の門前から引き上げた。

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