2015年12月22日火曜日

ケット・シー喫茶奮闘記2

イシュラエア王国ケット・シー喫茶の招き猫プロモーション(命名byアイギューン)が成功してから早三ヶ月が経とうとしていた。

それは最初のご祝儀来店、満員御礼時期も過ぎ、お客の入りも大分大分落ち着いて来た頃の事である。
ケット・シー達も最初の頃よりは接客の仕事に慣れて来て、失敗する事も少なくなってきていた。
ミミも今では立派に喫茶店の采配が出来るようになり、エアルベスも大神殿での己の務めに戻る事が可能となっていた。

喫茶店はこのまま順調に維持していけそうである、そんな時。
実は、ある問題が発生していたのである。

「お客様が、ケット・シーの愛らしさに夢中になり、『お触り』や『お相伴』を求められて業務に支障が出ている、ですか……。」

終業後、迎えに行ったエアルベスにミミが深刻な面持ちで話があると切り出してきた。
そのままミミ、タレミミ、ハチクロと共にテーブルを囲む。

「そうでしゅのにゃ…特に、わたくちのケナミを触りたいっていうオキャクしゃまが多くて困っていましゅのにゃ…。」

「そうにゃ、エアルベスしゃん。ミミはここ数日、色んなオキャクサンにずっと捕まっていたのにゃー。」

「このままではシゴトににゃらないでしゅのにゃ。わたくちだけならまだちもタレミミしゃまやハチクロや他の子も時たま……」

ニンキモノはちゅらいでしゅのにゃ…と頬杖をついてミミはアンニュイに溜息を吐く。
しかしどこか嬉しそうなのは、きっと自分が他の子よりもお客様に人気ナンバーワンなのだという自負があるのだろうとエアルベスは思った。
ミミはお嬢様気質も手伝ってちやほやされたがりなのだ。

「それだけじゃにゃいにゃっ!タレミミなんかはオキャクしゃんからオカシを貰いすぎてふとってきているのにゃっ!ヒトがイッショウケンメイ働いてるヨコで、オキャクしゃんにあざとくコビを売ってるのにゃっ!!!」

ハチクロがタレミミを指さして他の問題点も指摘する。
非難の音が混じっているのはきっと僻みも入っているに違いない。

エアルベスは無言でタレミミの脇に手を回し、抱き上げた。確かに重量は増している気がする。
下ろしたついでにお腹を摘まんでみる。
むにっとした感触――タレミミのお腹に、脂肪が付き始めているのが分かった。

「タレミミ…」

ゆらり、エアルベスは黒いオーラを背負って立ち上がる。

お菓子の食べ過ぎは健康に良くない。
いや、そればかりかタレミミはお客さんにお菓子をねだっているのだ。
ケット・シーが十分にご飯を貰ってないとかそういう噂も立つかも知れないのだ。

タレミミは今まで見た事がないエアルベスの様子に首を横にぶんぶんと振った。

「――ちっ、違うにゃ!!!しょーだにゃ、ハチクロ!オマエだって貰っていたじゃないかにゃ!?」

「ぎにゃっ、ボクの腹を掴むんじゃにゃいにゃっ!!」

タレミミは冷や汗をかきながらハチクロに飛びかかってお腹をひっつかんだ。
エアルベスの目にはタレミミ程ではないがハチクロのお腹にも肉が付きだしているのが分かった。

「……ほほう…」

「ほら見るにゃ、ハチクロも太ってきているのにゃーって、イキナリ何をするのにゃ、ミミ!!!」

どさくさに紛れてミミはタレミミのお腹を掴んでいた。
先程とは違ってショックと絶望に顔を染め、よろよろと後退する。

「にゃ…にゃんということでしゅのにゃ……このままじゃ、わたくちのタレミミしゃまがプクプクのようにおデブケット・シーになってしまいましゅにゃー!!!!」

ミミは顔に両手を当てるなり、わっと泣き伏した。

ちなみにプクプクというのは他所のケット・シー保護区から連れて来られ、最近仲間に加わった一番食いしん坊でおデブな子、現在絶賛ダイエット中のケット・シーである。
ミミの言い放った『おデブケット・シー』の言葉に撃沈した二匹を見て、エアルベスはおっとりしたまんまるのプクプクの姿を脳裏に思い描く。

まぁ健康であるかはさておけば、あれはあれでも可愛いのに。

「今更禁止するのも反発が出るでしょうし…」

どうしたものかと考え始めたその時、喫茶店の入り口のドアがバーンと勢い良く開けられた。

「にゃー、久しぶりなのにゃー!!!」

「――失礼する」

ドアの外から入って来た小さい影と大きい影――

「ニャンコじゃないですか、それに、ティリオンさんも!」

「「ニャンコしゃん(にゃん)!!」」

この国の英雄となった、ケット・シーの希望の星、ニャンコ=コネコ。
そして仲間のダークエルフ、ティリオンである。

「王都にヤボ用があって、そのついでに遊びに来たのにゃ。」

「先に大神殿に行こうとしたのだが、こちらだと地の精霊が。」

エアルベスとタレミミ、ハチクロはぱっと明るい表情になる。
太陽のような元気な声にそれまでの暗い雰囲気が一気に吹き飛ばされる思いである。
それまでどよよんとしていたミミも顔を上げると泣きながらニャンコに突進していった。

「ふにゃあああーーん、ニャンコ―!!!!」

「にゃっ!!?ミミ、イキナリどうしたのにゃー!?」

ミミを撫でて慰めながらニャンコは目を丸くして問うようにエアルベスを見た。


***


エアルベスはとりあえず、折角寄ってくれた二人に席を勧めた。
ミミがぐずっているのでタレミミとハチクロに給仕を命じ、簡単にこれまでの経緯を説明する。

「――という訳なんです。ひとまず人員を増やしてローテーションを組ませようかと思っているのですが。」

「成程、貴女も大変だな。」

ティリオンは意味ありげにニャンコを見る。

「良い考えがあるにゃ、エアルベスしゃん。『オサワリ』と『オショウバン』を別料金にすればいいのにゃー。」

「べ、別料金ですか……?」

「そうにゃ。別料金にすることで『オサワリ』も『オショウバン』もトクベツになり、シゴトになるのにゃ。お金も儲かるにゃー?ニンゲンだって夜の街では綺麗なおねーしゃんを座らせたり触ったりするだけで別料金にゃ?ケット・シーのケナミと『オショウバン』にだってそれだけの価値はあるのにゃー。」

「……お前、どこでそんないかがわしい商売を覚えて来たのだ。」

…頭痛を堪えるように頭に手をやるティリオンの苦労をエアルベスは何となく察してしまった。

ニャンコ曰く、触るのもお相伴も別料金制にする。お相伴の際のケット・シーの食べるものもヘルシーな太りにくいものにし、お相伴をした子はその日のご飯の量を減らす事で調整。そうすればお金を稼げる上にケット・シーのごはん代も浮くとの事だった。

「ケット・シーの訓練次第ではいくらでも儲けられるにゃっ。ただでさえケット・シーは珍しくてキショウで愛らしいのにゃ。」

「なんという…」

悪びれないニャンコの尻尾が悪魔のそれに見えたエアルベス。
しかし本当にそんな事で成功するのだろうか?
丁度その時、タレミミとハチクロがお茶とお茶菓子を持ってきた。
ニャンコはおもむろに立ち上がる。

「ミミ、タレミミ、ハチクロ、今からわたちがやることをよーく見てるにゃ?」

「ニャンコ、何をしゅるのにゃ?」

泣き止んだミミと二人のケット・シーは首を傾げる。
ニャンコは運ばれてきたお菓子の皿を持ってティリオンの目の前に置いた。

「エアルベスしゃん、今からわたちがセッキャクでオショウバン、やってみるにゃ。こういう方法もあるのにゃ。この方法なら、少々ボッタクリしてもモンクは言われないのにゃ。」

言い終わるなりニャンコは両手を動かす。
魔法を皿にかけるような仕草を大げさにくねくねとしながら歌うように口を開いた。

「にゃーっ、オキャクしゃーん♪このおかちに今からニャンコがおいちくなる魔法をかけましゅにゃっ!おいちくなーれにゃっ♪おいちくなーれにゃーっ♪」

「は?」

エアルベスはニャンコの奇妙な言動にきょとんとした。
もちろんそのお菓子には魔法は一切かかっていない。
ティリオンはゴミを見るような無機質な目をニャンコに向けていた。
考えが追いつかない間にもニャンコは『おいちくなる魔法』をかけおえたのか、お菓子を摘まむとティリオンの口元に差し出す。

「にゃっ、これでおいちくなったにゃ♪どーじょ、あーんしてくだしゃいにゃっ♪にゃっ、しょんなにみちゅめられるとニャンコ、はじゅかしくってきゅんきゅんしちゃうのにゃー…ぎにゃっ」

ごいん。

ニャンコはお菓子を放り出して机に突っ伏した。
ティリオンが無言でニャンコの頭に拳骨を落としたのである。

「ティリオン、にゃにするにゃっ!!!」

「――俺で良ければ相談に乗ろう。」

「え、ええ…」

ニャンコの抗議をティリオンはさっくり無視した。
エアルベスは有無を言わさぬ圧力を感じてコクコクと頷く。
ニャンコはぷっと頬を膨らませた。

「にゃっ、べちゅにムシされても構わないにゃっ。三人とも、あっちでさっきのレンシュウするにゃ?既成事実にしてしまえば――」

ガッ!!!

ティリオンの右手が唸り、ニャンコの頬をひっ掴んだ。
膨らんだ頬をいきなり掴んだのでニャンコの口から空気がぶふっと押し出される。
ニャンコは頬を挟まれて満足に喋れない!

「ぎにゃっ、ひゃなすにゃっ!ひゃなすにゃー!!」

「大英雄ニャンコ殿――英雄らしく皆のお手本になるように品行方正に振る舞って頂けませんか?」

ぎりぎりぎり。
ニャンコはたまらず悲鳴を上げる。

「わかったにゃ、だからこの手をひゃなすにゃー!!!」

ニャンコの扱いをいつの間にか心得ているティリオン。
もしかしたら自分より苦労しているのかも知れない――エアルベスはダークエルフに親近感を抱いた。


***


結局。

接客の人員を増やし、ローテションを組む事でお相伴のリスクを分散化させ、また『お触り』と『お相伴』は一定時間以上の場合に限り

別料金制になった。
勿論ボッタクリではない良心的な金額である。
タレミミやハチクロの体重も元に戻って来たので、エアルベスはホッとしていた。

しかし彼女は知らない。

ニャンコに対抗意識を燃やしたミミがニャンコの伝えた接客方法をマスターし、それが更にケット・シー達の常態化となってしまう事を。
そしてその愛らしさにハートを撃ち抜かれたファンがケット・シー喫茶に通い詰め、やがて事業拡大の運びになる事を。

この時のエアルベスはまだ、知らなかったのだ。

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