2015年12月22日火曜日

ケット・シー喫茶奮闘記1

お茶の淹れ方の研修も終わり、ケット・シー達による喫茶店事業計画が立ち上げられてから早数か月。
関係者らの奮闘もあってか、遂に開店の日を迎えた。
なんとか教えられた作法を身に着けたケット・シー達であったが――。

「にゃー…オキャクしゃんがこにゃいにゃー。」

いきなりの大ピンチである。


***


「ケット・シー保護区はいままで厳重に管理されていましたからね。王都の住人はケット・シーを見た事がない人ばかりなのでしょう。」

「しょんな…どうしゅれば良いのにゃ…。」


イシュラエア王国大神殿内、世界樹の畑。作業するケット・シー達を眺めながらエアルベスとミミ、タレミミ、ハチクロの四人は相談をしていた。
ミミはエアルベスによって選抜された接客の責任者、タレミミとハチクロはその補佐である。

「王都の人はケット・シーが嫌いにゃのかにゃ?」

「にゃー…今までイッパンのニンゲンに接した事がないからにゃー…。」

「もちかちたら、キタナイと思われているのかもちれないでしゅにゃ…。」

張りきっていた矢先の閑古鳥の鳴く店に、ミミはしょんぼりと肩を落とした。
考え事をしていたエアルベスは内心慌てた。

「そ、そんな事はありませんよ、ミミ。とりあえず、お客様を呼ぶために何か出来る事を――」

「――その話、聞かせてもらった!」

考えましょう、とエアルベスは最後まで言えなかった。
突如空が曇り、巨体が世界樹の畑の広場に落ちて来て地響きを立てた。
世界樹の畑で作業しているケット・シー達が歓声を上げる。
先日英雄ニャンコ=コネコによって復活したドラゴンの王、エンシェントドラゴンアイギューンである。

「ふむ、客が来ないのであれば客寄せするしかなかろうな。」

集まって来たケット・シー達のアスレチックと化したエンシェント・ドラゴンは、喫茶店の窮状の問題点を挙げた。

「しかし、客寄せと言っても」

エアルベスはちらりとアイギューンを見上げた。彼女自身も他の職員も、商売には不慣れである。
その様子を見て取ったドラゴンは目を瞬かせた。

「どれ、我が知恵を貸してやろう――まずは、喫茶店の看板は書いているのか?大通りに道案内看板は?」

「看板はありますが…大通りに道案内看板は立てていません。言われてみればそうですよね、普通大神殿に喫茶店なんて思いもよらない事ですから。」

成程、アイギューンの言う事ももっともだった。
早速大通りに看板を立てるように手配しなくては、と脳内で段取りや予算を組む事を考える。

「キャクヨセって何なのかにゃ?」

「キャクヨセっていうにょはお客しゃんを呼んでくるということでしゅのにゃ。」

「にゃー、さすがセキニンシャだにゃ、ミミは頭がいいにゃ!ひきかえハチクロはバカにゃ。そんなことも知らなかったのかにゃ?」

「にゃんだとタレミミ!ききじゅてにゃらにゃいにゃっ!!!」

耳に飛び込んできた会話にエアルベスは脱力感を覚えた。
普段なら微笑ましくも思おうが、今は無いわーという気分である。
もしケット・シーが人の外見で対等な同僚であればきっと張り倒したくなるだろう。
いやいや、こんな事を考えるべきではない。ミミが気遣わしげにこちらを見ている。

ハチクロとタレミミは取っ組み合いを始めた。
ミミはそんな二人の事をちらりと見て「二人ともおバカでしゅにゃ。」と言い放つ。
彼らの動きがぴたっと止まった。
そんな様子をゆったりと眺めていたアイギューンは目を細めてくつくつと喉を鳴らす。

「ふふふ、可愛いな。ただ客寄せと言っても人目を惹き、興味を抱かせて『来たい』と思わせなければいけない。それはケット・シーの特性を生かせるやり方であることも大切だ。良い方法を思いついたぞ。」

「ケット・シーの特性を生かすやり方、ですか…?」

そんな方法があるのだろうか。
エアルベスは目をぱちくりさせてドラゴンを見上げた。



***



「ケット・シー喫茶にゃっ、いらっしゃい、いらっしゃい、いらっしゃいなのにゃー!」

「あら、かわいいわね!」

「あなたたちが給仕してくれるの?」

数日後。王都の大通りにケット・シー喫茶の看板が立てられた。
その下では喫茶店のお仕着せを着た数人のケット・シー達。
皆元気に声を張り上げて片手でおいでおいでをしている。
男のケット・シーは右手を、女のケット・シーは左手を上げている。
道行く人々、特に可愛いもの好きの女性はケット・シーの可愛らしさに足を止め、その不思議な仕草に興味を惹かれているようだった。

「はいにゃっ、わたちたちがお茶をいれましゅのにゃ!」

メイド服で優雅にカーテシーをして答えるミミ。目を輝かせた女性たちはおいくらなの?お茶って飲んだことないけど美味しいの?等と矢継ぎ早に質問している。
それにミミは如才なく答える。じゃあ行ってみようか、と幾人かの女性が喫茶店の方へ足を向けた。
看板と目と鼻の先の建物の影でエアルベスと一人の麗人がその様子を眺めていた。

「凄いですね…客寄せは成功です、本当にありがとうございます。それにしてもそのお姿は驚きました、アイギューン様。」

エアルベスは麗人に頭を下げる。
顔を上げると白磁の肌に黄金の瞳の美貌、青灰色の滑らかな髪は日を反射して虹色に輝いている女性の姿。
客寄せを始めてやってきたこの女性がかのエンシェントドラゴンだと言われた時は正直度肝を抜かれたものだ。
麗人曰く、『人間そっくりな人形を作り、それと感覚を共有する』魔法であるとの事。
人形と言われても普通の人間のように食事も排泄も出来るそうだ。
今でも信じられない思いである。

「ふふふ、本体では人間の街で活動しづらいからな。『器』が今日に間に合って良かった。」

柔らかく笑んだ麗人。
その時、通行人の男性の声が耳に飛び込んできた。

「へえ、大神殿も面白い事を始めたものだね。ところで、その手を上げているのは何か理由でもあるのかね?」

「ありましゅにゃ!これは、ケット・シーが人に幸せを運ぶオマジナイでしゅにゃ!右手を上げるのはオカネを、左手はヒトを招きましゅのにゃ!」

「ほっほう、実は私は旅の商人でね。王都に初めて来たんだ。その矢先にこれは幸先が良いな!」

男性はそう言って喫茶店への道を訊き、上機嫌で歩いて行った。
成り行きを見ていた商人と思われる姿の男達も縁起担ぎだとぱらぱらと後に続く。

「ケット・シーにそんな謂れがあったなんて初めて知りました。」

「正確にはケット・シーの祖先なんだろうが――遠い東の神秘の島国での言い伝えだ。」

その後、ケット・シーの祝福を受けて商売繁盛した、子供を授かった、幸運が続いた等の噂が王国中を駆け巡り。
ケット・シー喫茶は王都名物として大いに繁盛する事となったという。

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