2015年5月5日火曜日

66にゃん

数日後、私達は前線の街トッツィグを出て、未開の地グンマ―ルへと足を踏み入れていた。
グンマ―ルはアマゾンばりの巨大な森だった。
そこかしこから不気味な鳥の声が聞こえてくる。
クァッドは精霊を狂わせるような何かがあると言っていたけれど。

「――どうなのにゃ?」

精霊王達に小声で訊いてみる。

"ここ、魔素が濃すぎるわー。気持ち悪い、酔いそー。"

"わしらは精霊石の中に避難させてもらうですじゃー。"

"魔族の土地も魔素は豊富ですけれど、ここは濃密過ぎますわ…一旦保護区に帰りますわね。"

"流石ドラゴンを生む土地だな…ぐぇっぷ。"

精霊王達はさっさと精霊石の中に引っ込んでしまった。そこなら大丈夫らしい。

「ドラゴンを生むのかにゃ?」

"ああ。ドラゴンはこの未開の地の濃密過ぎる魔素の中でこそ生まれ育つんだ。魔素が濃すぎる場所だからそこで生まれる魔物も強いし住人も化け物揃いって訳。奴らは魔族の土地にはたまに来るけど、魔素の薄い人間の土地の方へは滅多に行かない。長居しすぎると魔素が欠乏するからな。"

成程。深海の生き物が浅瀬に滅多に来れないのと同じようなものか。
上手く生態系は保たれているという訳だ。

ライオット達はスィルとティリオンに精霊が使えない事を確認すると、シダのような草を蛇などが居ないか打ち払いながら進んでいた。
クァッドはいい装備で行けと言ってくれたけれど、街には今着ている物以上に良い装備は売ってなかった。
結局買い足したのはロープやナイフ、薬に食糧等のサバイバル用品が主である。
また、アドバイス通り、砂糖や酒、煙草に魔石を購入している。

「ひィ、ひィ、重いんだけど~」

役立たずでも荷物持ちは出来るだろう、とそれらはすべてヒュペルト様に背負わされていた。
ヒュペルト様は冒険者としては軽装であるが、虫の入る隙はない、山歩きにはぴったりの恰好だった。
皆の見立ては正しい。

グンマ―ルに入る前、装備の事で一悶着が起きた。
余程クァッドの話が怖かったのだろう。ヒュペルト様は街で装備を色々買い揃えていたようだったが、がっちがちで重すぎたのである。
ヒュペルト様自身、ボンボンなので動くのが精一杯の重量。
そんな恰好で行くつもりか、襲われたら戦えないわ逃げれないわで死ぬだけだぞと散々言われ、必要ないから置いていけと皆から言われた装備を脱ぐために奴は半泣きで宿に戻って行った。

一応このタイミングで「『ここにいる全員無事に魔族の王国へ行ける』にゃ。」と唱えておく。
他は、ダニ・ノミ・ヒル等の毒虫よけと魔物が襲ってこない呪文、すぐに友好的な住人に会えるよう願掛けをしておいた。
毛だらけ生物はダニやノミの恰好のターゲットだから。
ヒュペルト様は戻ってきても「僕は死にたくない~行きたくない~」とダダを捏ねていたので置いていこうとすると、慌てて着いてくる。ちっ。


***


「もう僕は限界だから休ませてもらうよ~。」

歩いて一時間もしない内にヒュペルト様はへばった。
荷物を放り出し、そこにあった岩に座り込んで水筒の水を飲んでいる。

「情けないわね。」

スィルは呆れ顔である。
ティリオンは無言だったが、表情と小さな溜息でスィルと同じ事を語っていた。

「ニャンコは大丈夫ですか?」

「まだまだ歩けるにゃっ!」

マリーシャの問いに元気よく言ったのだが、ライオットは休むことにしたようだった。

「俺達はその辺を少し探索してくる。サミュとマリーシャとニャンコはここで一緒に休んでいろよ。」

「気を付けて。」

サミュエルに見送られてライオットはスィルとティリオンを伴って行ってしまった。


***


「お前達~。平民の癖に貴族の僕に荷物持ちをさせるなんて不敬だよね~。」

荷物からサミュエルが水筒を取り出そうとすると、何時になく剣呑な様子でヒュペルト様が絡み出す。

「水筒が欲しいのかい~?だったらこの僕に下さいとお願いするんだね~。」

サミュエルは眉を寄せ不快を表した。

「……この未開の地では身分も関係ないですよ、ヒュペルト=ギュンター殿。誰もが自分に出来る事をし、また助け合わなければ生きていけません。」

「そんな事この僕が知るもんか~。身分が低いものは高い者を守るのが常識だよね~。イシュラエア王国に帰ったら僕をないがしろにしたお前達はどうなっちゃうか知らないよ~。」

「ぐっ…」

マリーシャはハラハラしているようだ。
サミュエルが悔しそうにしている。
ヒュペルト様は水筒をチャプチャプ揺らして見せた。

「力づくで来るなら水筒の水は捨ててしまうよ~。綺麗な飲み水は全て貴族の僕の物なんだ~。お前達みたいな平民は自分達で川でも見つけてそこで飲むべきだよ~。」

言って、サミュエルはコップを3つ投げつけられる。
流石に怒り心頭になったサミュエルが火球の呪文を唱えようとした時、マリーシャが止めた。
制止が入ったサミュエルは怒りを何とか収めたようで、構えた手を下した。
私は3つのコップを拾う。

「――サミュエルしゃん、マリーシャしゃん。あっちの方で休むにゃ。」

「ふ、ふん!」

サミュエルとマリーシャは、ヒュペルト様とはかなり離れたところに座った。
私は二人から少し離れて、拾ったコップを地面に並べる。

「『冷やされた世界樹のお茶が満ちる』にゃ。」

コップに冷たいお茶が満たされた。

「どうじょ、サミュエルしゃん、マリーシャしゃん。」

コップを二人に渡すと、彼らは中をのぞき込んで驚いていた。

「ニャンコ…これは…?」

「世界樹のお茶…凄く冷えています!」

「イーラしゃまがさっきオマジナイを教えてくれたのにゃ。だから飲み物はダイジョウブにゃ!」

三人でお茶を飲んでいると、ヒュペルト様が悔しそうにこちらを見ていた。

ふっふっふっ、大人しそうに見えるサミュエルやマリーシャからイニシアチブを取ろうとしても無駄なのだよ。
どうせライオット達が帰ってきたら荷物持ちになるんだし。

そんな事を考えながらニヤニヤして見せると、ヒュペルト様は水筒を全部飲み干す勢いでがぶがぶ飲み始めた。
あっと腰を浮かしかける二人。

と、その時。

ヒュペルト様の後ろの茂みに大きな山のような黒い影が!
二人はその姿を見て言葉と息を飲み込み硬直する。

現れた影、それは。

それはそれは巨大な蛇、だった!チロチロと舌を出しながら目の前の獲物に狙いを定めだす。
しかしそんな獲物――ヒュペルト様はこちらを得意げに見ながら依然としてがぶがぶ水を飲み続けている。


●村ー、後ろ後ろー!

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