2015年5月26日火曜日

85にゃん

"蟻…蟻の悪夢がっ――驕り高ぶる人間共め、うーん……"

蘇ったばかりのエンシェントドラゴンは意識がぼうっとしているようだった。
一度開いた目がまた閉じ駆け、眠たそうな半開き状態になって何やらむにゃむにゃ言っている。

それにしても蟻ってあの蟻?
この大きさのドラゴンでは目視出来ないんじゃ…。

ぐったりしたままそんな事を考えていると、ジュゲムがエンシェントドラゴンに向かって必死に呼びかけている。

"おばあさま、おばあさま!祖竜アイギューンよ!"

べしべし、と尻尾で思いきり叩いている。
アイギューンと呼ばれたエンシェントドラゴンは瞼をパチパチとさせると、ジュゲムに視線を固定した。

"ん?あれ、お前は……"

"ジュゲムジュゲム…(中略)…チョウキュウメイノチョウスケですっ!!!ご自分の付けたお名前を忘れたのですか!?"

噛みつかんばかりのジュゲムの言葉にじっと記憶を手繰るように宙を見つめるアイギューン。
ややあって、思い出したのかぱちくりした目になった。

"あっ、孫のジュゲムかぁ。大きくなったわね!ドラウエモンやドラザエモン達は元気?――それにしても、ここは何処?私は天寿を全うしたはずなのに、どうして此処にいるのかしら?"

アイギューンはそこで初めて周囲を見渡す。
王様、マニュエル様とその配下の兵士達、神殿兵や職員さん、ハチクロやタレミミ、冒険者達は身を竦ませる。

"げっ、人間の国じゃないの!?"

エンシェントドラゴンの目付きが険しくなった。
どうも彼女は人間に良い印象を持っていないようだ。

「我は古代王国カリンサを亡ぼせし始祖たる竜、アイギューンなり。人間共よ、我に何をした――返答如何によってはこの国を第二のカリンサとしてくれよう!」

お優しくない感情を含めた低さで唸る様に人間の言葉を発するアイギューン。
獣人やドワーフの兵士が震えあがって彼女へ五体投地で礼拝していた。

「神竜、アイギューン様!!!」

「失われしドラゴン教の神よ!!!」

「お、お、お助け……!」

アイギューン。
その名を聞いて、サミュエルは何かを思い出したように呟いた。

「まさか、神竜アイギューン――古代の事を学んでいた折、文献で読んだことがあります。古代に栄えたカリンサ王国の悲劇を――ドラゴン教の経典に語られし、ドワーフや獣人といった亜人を虐げていた愚かな人間に裁きを下した神竜アイギューンの伝説を!本当だったのですね……スィル、風の精霊に頼んで私の言葉を大きくしてください!」

サミュエルは言って、ジュゲムの近くまで走った。
ライオット達が制止の言葉を上げながらそれを追いかける。マリーシャも私をだっこしたままそれに続いた。
サミュエルはというと、アイギューンの注意をひくべく光を打ち上げるなり大声を張り上げる。

「――気高きドラゴンよ。我ら、汝に仇為す者には非ず、悪しき者に操られし汝を救い申し上げし者なり。怒りを鎮めたまえ!」

"そうですよ、祖竜おばあさま。彼らは違うのです!確かにおばあさまは一部の悪しき人間の邪法にてゾンビとしてこの世に呼び戻されましたが、その状態を救ったのが、そこの白い服の人間に抱かれているケット・シー、ニャンコ=コネコ、我の主です!"

「……ジュゲムの主?」

アイギューンは訝しげにこちらをじろりと見た。
エンシェントドラゴンの黄金の目が見開かれる。

"え…ちょっと待って、何これカワイイ――!!!!"

グルルルルゥ…と甘えるようなドラゴンの言葉で発せられたそれは、予想外の言葉だった。

"これ、ジュゲム!この子弱ってるじゃないの!"

アイギューンは優しげな眼差しになり心配そうに私に顔を寄せる。
ライオットとサミュエルが構えたが、マリーシャがアイギューンのやろうとしている事を悟ったのか大丈夫です、と制した。
エンシェントドラゴンはふぅっと静かに息を吐く。
すると、巨大な魔素の塊が私の体に染み入る様に入ってきた。

気が付くと精霊騎士様も傍にいて、銀の剣を私の体の上に横たえるようにして掲げていた。
騎士様は色合いこそ違えども、雰囲気がどことなくライオットに似ている。
銀の剣からも魔素の奔流が流れ込んできた。気持ちがいい。
しかし、あまりに膨大な量が流れ込んでくるので少し心配になっていると、騎士様が微笑んで頭を撫でてくれた。

「案ずるな――数多の世界に根を下ろす大世界樹の魔素を注いでいる。これしきの事では尽きぬ。」

そのおかげか、私は少し疲労感が残るぐらいまでに回復出来た。
いつの間にか鈴もすっかり元通りである。
私はマリーシャさんにお願いして降ろしてもらった。

「精霊騎士しゃん、アイギューンしゃん、ありがとうにゃー!」

くるりと回ってぺこりと頭を下げてお礼を言う。
騎士様はふっと微笑み、アイギューンは甘く唸った。

「礼には及ばない。貴女には、我が血族を救われた恩もある故。」

"いいのよー!本当、可愛いわねぇ。ニャンコちゃんが私を助けてくれたんだってね。ありがとうねぇ!――それにしても。もしかしてニャンコちゃんは転生者かしら?"

そうにゃっと元気よく返事をしてぴっと右手を上げて見せる。
アイギューンはやっぱりね、と笑った。

それからお互いの転生状況などを少し話した。
アイギューンさんは前世で梅雨時期の蟻に悩まされていたらしい。
それがエンシェントドラゴンとして転生しても、家を人間に荒らされて大変だったそうだ。

私とアイギューンの話を聞いていた精霊騎士が微妙な表情をしていたので、不思議に思っていると、大世界樹の精霊女王もまた同じ転生者だと教えてくれた。いつか、会ってみたいな。

誤解も解け、和やかな雰囲気になった後。
アイギューンはハラハラしているサミュエル達を見下ろすと、厳かに告げた。

「そなた達は我が初めて礼を言う人間となった――感謝する。何かがあった時、そなた達に一度だけこの力を貸してやろうぞ。」

――力が必要な時は、風の精霊にでも頼んで呼ぶがいい。

アイギューンの言動から敵意が消えた事を見て取った冒険者達は、ほっと安堵の息を吐いた。

と。

"祖竜おばあさま、お願いがありますっ!!!"

ジュゲムが必死な形相でアイギューンに切り出す。

"私の名前を変――"

"お前によかれと名付けた名前だから却下――それはそうと。実はゾンビになってた時の事、少しだけ覚えているのよね、私。"

アイギューンは0.3秒でバッサリした後、意味ありげにジュゲムを流し見る。
ジュゲムは震えあがった。

青くなって飛びあがり、逃走を図るジュゲム。
アイギューンはそれを目掛けてレーザーのような集中型小規模ブレスを嬲る様に吐き出していった。
まるでシューティングゲームである。

"ぎゃあああ、おばあさま謝りますからああああああっ!!!やーめーてー"

"ほーらほらほら、これぐらい避けてみなさいっ!!渾身の力で反撃してもいいのよ?"

世紀の大怪獣決戦、といった様相である。
王様をはじめ、人間達の顔色もジュゲムと同じように青ざめていっていた。

結局、アイギューンの攻撃が収まったのは――地下洞窟から最高神官、残りのケット・シー達、職員さん達が溢れ出てきてからであった!

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