2015年5月14日木曜日

74にゃん

「………生きてる?」

ライオットが目を瞬かせる。
スィルは茫然としていた。

「まさか、そんな…」

「誓約の証の魔石が透明になっています――これは、誓約が果たされた事の証左でしょう。しかしこんな事で……。」

サミュエルが指先に透明な水晶の細石みたいなものを懐から摘まんで出した。
あれが魔石のなれの果てなのだろう。

「ニャンコのお蔭で、もう私達は争う必要はないのですね…。」

マリーシャが感極まったように涙ぐんでいる。誓約の魔石の存在は、ずっと彼女の心痛だったのだろう。
私のお腹がもぞもぞする。
スカーレットさんが小刻みに震えていた。

「くっくっくっ――」

「にゃっ――苦しいのかにゃっ!?」

慌てて飛び退くと、スカーレットさんはとうとう耐え切れなくなったのか大笑いをしだした。

「まさかこんな事で古代文明の秘宝の力がキャンセルされるとはね!――参ったわ、魔王スカーレットはニャンコに倒されてしまったのね!」

言って、起き上る。
そして真面目な表情になると、彼女は冒険者達に向き直る。

「ドラゴン奪還の際にニャンコをはじめ、あなた方から受けた恩義に報いたいわ。魔族の王として我が国に歓迎いたします。」

魔王スカーレットはそう言って、優雅な一礼をした。

「ドラゴン奪還?」

サミュエルの疑問にスカーレットさんが赫赫云々と説明し、皆やっと真実を知る。

「まさか、ドラゴンが魔族の国の保護対象だったなんて……。それなら確かに盗まれれば問題だよな。」

ライオットが納得したように腕を組んだ。

「それでは、皆さん。分かれてドラゴンにお乗りください。」

ジュゲムが居たので私は注意を引くべく地面を跳ねる。
彼にはスカーレットさんが乗ってきたようだ。

「ジュゲム、久しぶりにゃっ!」

ぴょんぴょん、としながら再会を喜ぶと、ジュゲムは喉を鳴らす。

"無事に生きて故郷に帰れたのはニャンコのお蔭だ。本当に感謝する。ニャンコは我に乗ってくれ。"

「わかったにゃっ!スカーレットしゃん、わたちはこのドラゴンしゃんに乗りたいにゃっ!」

「あら、ニャンコ。そのドラゴンが世界樹の畑の地下にいた個体だと分かるのね?」

スカーレットさんが感心しながら私を持ち上げて前に乗せてくれた。
大きな棘を抱き込むようにしてしがみつく。
スカーレットさんが後ろから支えてくれた。
周囲を見ると、冒険者達もめいめいドラゴンに乗せてもらっている。
そうして私達は大河トーネを一足飛びに渡った。


***


トーネを渡りきり、草原から岩山へと風景が変化し――辿り着いた先の魔族の国はさながら中東のようなオリエンタルな街並みを呈していた。

「こんな風に街があるなんて。」

周囲の空気は非常に乾燥している。
成程、これでサラマンダーがのびのびと暮らせる訳だ。

城をはじめ、建物がある場所全体は結界に覆われていて、外界からの転移等を妨げる古の魔法陣が組み込まれているらしい。
そうでない場所でも水が無かったり砂地で乾燥しすぎていたりして、転移は出来なくなっているようだと鈴を介して伝わって来た。
転移を使うには、ドラゴンに乗って街の外まで行かなければならないようだ。
ウンディーネ曰く、

"大河トーネの少し下流の魔素が薄くなった所からなら、何とか転移出来そうですわ。"

との事だ。それなら帰りは一瞬で済むかも知れない。

ドラゴン達は街の上空を旋回しながらゆっくりと一つの大きな建築物へ向かっていく。
さながらタージマハルのような印象を受ける玉ねぎ屋根の豪華なものだ。

「ニャンコ、魔王城よ。」

案の定、魔王城だったようだ。
城以上に広い庭園があり、その一部が大きな広場になっている。
ドラゴン達はそこへ向かい、降り立った。

ドラゴンを下してもらうと、スカーレットさんが鮮やかな笑みを浮かべる。

「ようこそ魔王城へ――風呂を用意してあります。旅の疲れをまずは癒してください。」

私はスカーレットさんに着いて行こうとして――失敗した。スィルである。

「ニャンコもお風呂に入るのよ!」

「イヤにゃああああああ――ッ!!!」

引きずられるようにしてドナドナされていく私。
スカーレットさん達は良い笑顔で手を振っていた。

一時間程の苦行が終わり、お食事を、と案内された先。
目の前のテーブルに所狭しと料理が並べられ、大変豪華な食卓である。
料理に舌鼓を打つ。
エスニックな味わいですごく美味しい。
お風呂にお食事で至れり尽くせり、大歓迎である。

「――では、魔族とは言われているように邪悪な存在ではない、と?」

サミュエルがスカーレットさんに魔族の事を訊いていた。
知的好奇心からか、色々な事を質問しているサミュエルに、スカーレットさんは嫌な顔一つせず応対している。

「そうですわ。私達もグンマ―ルの住人も、魔素の多いところで暮らしてきた種族なので能力もそれだけ強大になり、一方的に恐れられているだけです。」

「例えるなら剣を持った人間を、持ってない人間が相手の人格をあれこれ勝手に想像し、無条件に恐れるようなもので御座います。」

ヒュペルト様と一緒に居たマリーシャさんの侍女が、水位を下げたコップにワインを注ぎながら答えてくれた。
強大な力を持っていても、その人格が普通であれば無闇に恐れる必要はない――そんな当たり前の道理を教えてくれる。

「なるほど、確かに。私達魔術師も普通の人間からすればどことなく得体が知れなかったり呪文で人を傷つける能力と可能性があるだけで恐れられ、忌まれるべき存在ですから……。」

「魔族と人間は、まるで大人を子供が恐れるようなものだったのですね…。」

「あ、その例え分かりやすいわ。」

「力の差がありすぎるから人間は魔族を恐れ邪悪とする、か……。」

サミュエルが納得し、マリーシャとスィルが頷く。ライオットは何やら考え込んでいた。
全員のわだかまりが解けたところで、

「魔王城ではゆっくり過ごして下さい。街の観光もどうぞ、帰られる時はお土産もありますからお持ちくださいね。」

とスカーレットさん。
私達はお言葉に甘えてしばらく魔王城に滞在することにした。

0 件のコメント:

コメントを投稿