2015年5月12日火曜日

73にゃん

大河トーネ。

いつかドキュメンタリーテレビで見た、黄河とか長江とかを思い出す。
これは対岸まで渡るには筏とかじゃ無理だよね。
そんな事を思いながら悠久の時間を流れてきたのであろう水面を見つめていると、

「――何だ、あれは?」

ティリオンがいち早く気付いた。
視線を向けると、黒い点がいくつか対岸の空に浮かんで――いや、飛んでいる。
しばらく見ていると、次第にその姿がはっきりとしてきた。

「ド、ドラゴン!!ここに向かってないか!?」

ライオットが驚愕と恐れの声を上げる。
無理もない、世界樹の畑で一匹見ているから――それが何匹も、となれば。

「どこか、身を隠せるような場所はないのでしょうか!」

「皆、あの岩の影に!」

うろたえるマリーシャにスィルがいち早く空からの死角と思われる場所を指さす。
周囲が柔らかい苔や草で覆われている中、そこだけは成程、巨大な岩が斜めにせり出すようになっている。
その下に潜り込めば空からは見えなくなるだろう。
彼らは慌てて岩の下に逃げ込んだ。

「――ニャンコ!」

逃げる必要はない、とぼーっと突っ立ってドラゴンを見つめる私。
サミュエルが慌てて腕を引っ張って岩の下に引きずり込む。
しかしこちらにはサラマンダーがいるし、隠れてもどこに居るか分かると思うけどなぁ。
心配そうな皆を安心させるためにも私は口を開いた。

「大丈夫にゃ。スカーレットしゃんはいい人だから、迎えに来てくれたのにゃ。」

「――え?」

丁度その時、ドラゴン達が着地したのだろう、風圧と振動が次々と私達を襲う。
ライオットが剣に手をかけ、スィルが弓をいつでも打てるように構えた。

私はというと、サミュエルの傍で地面に這いつくばって、ドラゴンに乗っていた魔族達を岩の影からそっと伺う――あれー?

「にゃっ――スカーレットしゃん!!」

私はがばりと起き上った。
かつてヒュペルト様に雇われていた面々と、スカーレットさんが直々に来てくれたようだ。


***


慌てたサミュエルに口を押えられる。

「――ニャンコ、そこに居るのかしら。」

魔族のスカーレットさんがこちらを伺うように声を掛けてきた。

「まさか、魔王直々に来るとはな。」

ティリオンが呟く。
冒険者達の緊張が高まり、殺気も――

え?
殺気?

私はもがいてサミュエルの腕を慌てて外した。

「皆、どうしたのにゃ!?スカーレットしゃんと戦う気かにゃ!?」

「ニャンコ――私達は王の前で誓約の魔道具で誓わされたのです。ニャンコを魔族の国に連れていくこのメンバーで魔王を倒し、王国に平和をもたらす、と。」

「セイヤクのマドウグ?」

「古代から王家に伝わる遺産よ――もし誓約を違えれば、私達四人は全員死ぬことになるわ。」

「にゃっ!?」

なんだってええええええっ!!!!?

「しょんなのダメにゃっ!!」

「ダメでもやるしかないんだ、ニャンコ。まさか魔王がいきなり出てくるとは思わなかったが……。」

糞、と悪態をつくライオット。

「その魔道具を以て誓約させるように仕向けたのは恐らく公爵だろう。」

「……ええ、その通りです。民衆の前で、私達は逆らう訳には行かず…。ニャンコを悲しませたくなくて、打ち明ける訳にもいかなかったのです。」

ティリオンの推測にマリーシャが項垂れた。
よし、公爵は帰ったらコロス。
しかし今は例の誓約をどうするかだ。

"ニャンコ、誓約をした証明として黒い魔石が渡されてたのー。もし誓約を果たせば魔石は透明になって砕け、違えればそのまま砕け散って命を奪う、そういうものらしいわー。"

精霊がスカーレットさんにこそこそと交わされる会話の内容を実況しているのだろう、彼女は黙り込んでこちらの成り行きを見守っているようだった。

「みんにゃ、要は魔王を倒せばいいのかにゃ?わたちが倒しても大丈夫なのかにゃ?」

「ニャンコ、何を」

する気、とマリーシャさんの言葉が言い終わらない内に私は冒険者達の脇を驚異的なスピードですり抜け、一直線にスカーレットさんに駆け出した。

「きゃあっ!?」

そのままの勢いで、岩から少し離れたところに立っていた彼女に飛び込む。
私のお腹がスカーレットさんの顔面を覆った瞬間、私達は柔らかい苔のベッドにコローンと倒れ込んだ!


しーん。


しばらく、沈黙が周辺を支配する。
私は上半身を起き上らせるとくるりと冒険者達を振り返った。

「……見たかにゃ?わたちが魔王スカーレットをたった今、倒したのにゃっ!」

そう叫んだ瞬間。
誓約の証の魔石が砕けたのだろう、パン!という音が耳を打った。

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