2015年5月26日火曜日

【あとがき】

――やっとおわったああああああっ!!!!

ようやく肩の荷を降ろせました。
いやー、約6万字オーバー…思った以上に長かったです!

最後の方で結構悩んだり、疲れて更新できなかったり、リアルで色々人生の分かれ道状態だったり…と色々ありましたが、何とか完結まで漕ぎつけられたので良かったです。
その節は大変ご心配とご迷惑をお掛けしました。


***


昨今、緑茶の効能がメディアで取り上げられて嬉しい限りです。
作中のケット・シー達も世界樹というお茶の木を栽培しています。

arunが住んでいる場所は、ブログや活動報告をご覧になった方は御存知かと思いますが、お茶の産地で広大な茶畑が広がっています。

行きつけのお茶屋さんをはじめ、色んなお茶業界の方のお話を聞く機会もあるのですが、

「最近の若い方はペットボトルばかりでなかなかお煎茶とかのリーフ茶を飲んでくれない」
「急須のないご家庭も多く、お茶の淹れ方も知らない人が多い」
「煎茶の消費量が年々減っている」

というような事をよく耳にします。
実際、arun自身、この土地に来るまではお茶はあまり飲んでいませんでした。

けれども、お茶を貰ったり買ったり、淹れ方を教えてもらったりしているうちに、すっかりお煎茶好きになってしまいました。
リーフ茶の良いところは、香りが楽しめる事と、お茶のリラックス効果が抜群だという事です。
ペットボトルはどこでも飲めるのは便利なのですが、やっぱり「お茶の味をした飲み物」だなぁと感じます。

本当にきちんと急須で淹れた美味しいお茶を飲むと、胃の中から蒸気がふわあああっと上がって来て、軽い高揚感がします。

これはペットボトル茶では味わえません。

特に執筆前に飲むと、頭がすっきりして物語が浮かびやすいです。
なので、スランプの作家様や試験勉強時に煎茶を飲むのはすごくおすすめだと思います。

地域貢献、というと壮大なのですが。
ちーとにゃんこを読んで下さった方々が、物語を通じて少しでも「リーフ茶を飲んでみよう!」「しまいっぱなしにしていた煎茶や急須を出してみよう!」と思っていただけたのなら幸いです♪
お煎茶を飲みながらちーとにゃんこを読み返していただけたら、もっと嬉しい(*´ω`*)

ググってみますと、煎茶はだいたい70度~80度のお湯で1分間程抽出して飲むと一番美味しいそうですよ。
ただ、二煎目を飲む場合、一煎目のお茶の水分はすべて一度出し切ることがポイントです。
茶がらをお湯に浸しっぱなしにしているとまずくなるのでご注意を――arunは過去数回渋さに悶絶しました。


***


ラストについて。

実は、ラストは当初考えていたものとは別のものにしました。
故にフラグは回収しきれていない状態ですが、その分想像の余地が残った感じです。

さて、最後の方でエンシェントドラゴンのアイギューン、大世界樹、精霊騎士、精霊女王という言葉が出て来ておりました。
作品中でも語りましたが、アイギューンと精霊女王はニャンコと同じ転生者です。

アイギューンは短編『180年目のドラゴン』の主人公、精霊女王と精霊騎士は考えている物語の主人公予定です。
出来たら次、もしくは次の次の作品で精霊女王の話を書けたらなぁと思っています。


それでは、お疲れ様でした。
感想を下さった方、ブックマークや評価をして下さった方、ありがとうございます!
執筆の上でモチベーション維持になりました。
また、日暮之道吟醸様には素晴らしいイラストを頂き、本当に嬉しかったです!

沢山の方々に支えられ、応援して頂き、「ちーとにゃんこの異世界日記」は本日無事に完結を迎えられました。
長らくお付き合い頂き、本当にありがとうございました<(_ _)>

2015年5月26日 arun 拝

最終回にゃん

そして。
ライオット達や私は、と言えば。


***


大神殿、世界樹の畑の傍の広場。

ケット・シー達はじっとしているエンシェントドラゴンに登ったりして遊んでいた。
大きな尾を滑り台にしたり、上の子が下の子と手を振りあったり、みんな大はしゃぎである。

"はあああああ、かわいい……"

幸せそうな大きな溜息。
アイギューンは地に体を横たわらせ、うっとりとしながらケット・シー達のアスレチックと化していた。

敵もやっつけた事だし、後は事後処理だけという状況になって。
ケット・シー達に囲まれてみたいとアイギューンに懇願され、私は怯える彼らをあの手この手で説得した。

結局、恐怖心を和らげる呪文を唱える事で解消されたが。
ただ、それも初めだけ必要だったようで、試しに先程呪文の効果を無くしてみたら大丈夫だった。
流石呑気なケット・シー、慣れるのが早い。

アイギューンが幸せに浸っている傍ら――私は王様と最高司祭の前に設けられた壇上で、『英雄』の称号を貰っていた。

「――救国の功績を以て、汝を英雄と認定する!」

王様が宣言すると、最高司祭が光の神に祈りを捧げる。「イーラよ、新たな英雄ニャンコ=コネコに光のお導きを!」
それに合わせてその場に居た神殿兵士や職員さん、ケット・シー達が拍手したり剣を打ち鳴らしたりしてわっと喜んだ。


――英雄、ニャンコ=コネコ!

――ニャンコにゃんがエイユウにゃっ!

――英雄ニャンコ!

――すごいにゃっ、ところでエイユウって何にゃ?

――そんにゃこともちらないのかにゃ?とにかく凄いってことにゃ!

――英雄万歳!!


皆に会釈をしながら壇上から降りる。
そこにはハチクロ、タレミミ、ミミが会話していた。
ちょっと気になったのでシルフィードに声を届けてもらう。

「ニャンコにゃんはボクからどんどん遠くなっていくにゃ…。」

その肩をタレミミがしたり顔で叩く。

「そんなもんにゃ、ハチクロ。おんにゃは捕まえていないと遠くまでいっちゃうイキモノなのにゃ。」

するとミミが晴れ晴れとした顔でうーんと伸びをした。

「しゃてと!わたくちもニャンコに負けていりゃれにゃいにゃ!」

「しょんにゃっ…ミミッ!?」

タレミミが慌てる。
お前さんもミミをしっかり捕まえていなさい。

"ぶっくくくくくっ――面白いったらー!"

彼らの会話にツボを突かれたらしいシルフィードの笑い声。
私も吹き出しそうになりながら、ライオット達と交代した。

私は諸事情から『英雄』になったわけだけれども、それは重要な役職というよりは名誉職だ。
王国としては重要な職にケット・シーはつけられない、けれども首輪はつけておきたいのだろう。

しかし彼らは違う。

ライオットは下級とはいえ貴族なんだし。
案の定、彼らはエルフの王族スィルを除いてそれぞれ重要な役職や地位を任じられていた。

こうなってはもう冒険なんて――出来ないよねぇ。

少し寂しい気持ちになりながら、自分は今後どうしようかと思案する。
よく考えたら、ケット・シーの寿命も長くないだろう。
別離はいつかは訪れる――遅かれ早かれ。

アイギューンに着いて行こうかな?
スカーレットさんを訪ねる?

それも悪くないかも知れない。


***


「獣人、ドワーフ達、そして人間共よ。ニャンコ=コネコをはじめ、ケット・シーに仇為す者はこのアイギューン、及びドラゴンの一族全てを敵に回すものと思え。」

ケット・シー達と存分に戯れて大満足したアイギューンは、そう言い残してジュゲムを伴い魔族領の方へ飛び去って行った。
それをケット・シー達が「アイギューンしゃん、また遊びに来てちょーらいにゃっ」と言いながら一斉に手を振って見送っている。

――多分、また来るだろうな。

エアルベスさんもそんな予感がしているのだろう、顔が引きつっていた。
スカーレットさんが祖竜かのじょに仰天しないことを祈るばかりである。

それから私は数日ケット・シー保護区で過ごした。
英雄という肩書は大層なもののようで、碌でもなさそうな貴族達がひっきりなし面会に訪れたり、神殿騎士や兵士に嫌味を言われたりと

色々やりにくい立場になってしまった。

――やはり、ここを出よう。

そう思った次の日の早朝。

呼び出したジュゲムに近づく私。しかし後ろから声を掛ける人がいた。

「…ニャンコ、行ってしまうのですか?」

「エアルベスしゃん…。」

「ケット・シー達の功績も認められましたし、彼らが増えて保護を必要としなくなった時の為にと皆で喫茶店事業を起こす事になりました。そこで、ニャンコも一緒に働きませんか?」

それは楽しいだろう。でも…ここに居たら迷惑になってしまう。
私はゆっくりと首を横に振った

「……ありがとうにゃ。でも、決めたのにゃ。」

断ると、エアルベスさんは寂しそうに顔を伏せ――たかと思うと、再び上げて悪戯っぽく笑った。

「そうですか…では、彼らも連れて行ってくれませんか?」

えっ…?

「待たせたな、ニャンコ!堅苦しいのは性に合わないから、さっさと辞してきた。ニャンコに先を越されたけど、俺はそもそも将軍じゃなくて英雄になりたいんだよな!」

家紋の入ったマントに精霊騎士様に貰った剣を引っさげたライオットが良い笑顔でサムズアップ。

「水臭いわね、ニャンコったら!私達は仲間って言ったでしょう?」

エルフの装束で腰に手を当てて頬を膨らませるスィル。

「私はニャンコに興味があります。宮廷魔術師の地位よりも、ニャンコと共にいる方が楽しそうですし。」

世界樹由来の装備を身に着けたサミュエルが優しく微笑む。

「次期最高司祭なんて柄にあいませんから――私もお断りしてきちゃいました。」

シャラン、と錫杖を鳴らして、珍しくちろりと舌を出しておどけてみせるマリーシャ。

「俺も忘れてもらっては困る――教皇の命令以上に俺はお前達と共に居たいと思う。だから仲間に入れろ。」

言い慣れていないセリフなのか、少し顔を赤らめているティリオン。

旅装に身を包んだ彼らがそこに居た。

「にゃっ…みんにゃ……」

温かい涙が溢れる。
また彼らと旅が出来るんだと思うと嬉しくてならない。

"やっぱさ、ニャンコ一人の旅ってなんか違和感あるのよねー!"

"同感ですじゃー、仲間って良いものなのですじゃー。"

"人も、ケット・シーも、心までは強くはなれませんわ。でも、共に居る者があれば支えあえますのよ。"

"俺達、奔走したんだぜー、色々とー…むぐぐっ"

"そういうところがあん畜生だと言っているのですわ、このすかたん!"

もしかして。
彼らも見えない所で色々動いてくれていたのだろうか。
内緒らしいので、訊かなかった事にしよう。
でも――

「ありがとうにゃっ!」

涙を拭って明るく言うと、精霊王達が苦笑いを浮かべる。
ライオットの掌が、頭の上にポンと乗った。

「さ、ニャンコの元気も出た様だし?騒がれない内にちゃっちゃと行こうぜ!」

こうして、私達はジュゲムに乗って、再び旅に出た。
下でケット・シー達や職員さん達も全員出て来ていて、「いってらっしゃいにゃー!」と手を振ってくれている。
いつでも帰れる場所になってくれているのだ。
再び溢れた涙を風に飛ばしながら私は手を振り返す。

「ニャンコ、最初はどこへ行こうと思ってたんだ?」

「魔族の国にゃっ――スカーレットしゃんのところっ!」

"よしきた――このアラグノールの最高速力を見よおおおおっ!"

ジュゲムは咆哮する。
そして、大神殿の上を一周ぐるりと旋回すると、魔族の国の方角へと首を向けた。



【おわり】

86にゃん

"あー、こんな光景が見れるのなら生き返って本当よかったわ!"

エアルベスさんがケット・シー達の無事を確認するために集めて点呼をしている間。
アイギューンがぐったりしたジュゲムを尻目に、洞窟から出て来たケット・シー達に目を楽しませている。

一方、ライオットをはじめとする冒険者達は、精霊騎士と向かい合っていた。

「コルト家の紋章…あなたは……」

ライオットはなかなか言い出せないのか口ごもっている。
精霊騎士様は苦笑すると口を開いた。

「精霊騎士ユリウス=コルト――このイシュラエア王国に再び来よう日が来るとは。」

えっ、イシュラエア王国の人なの?建国以来って――

「どういう事なのにゃ?」

訊くと、スィルが引き取って教えてくれた。

「ああ、ニャンコは知らなったかしら。ライオットの家、コルト家は世界樹の葉に剣の紋章を持ち、イシュラエア王国建国の頃からの古い家柄よ。ライオットの先祖、エグバート=コルトの弟にあたる人は、世界樹の精霊を味方につけて数々の武功を立てたらしいわ。ただ、ある時を境に世界樹の聖域で行方不明になった――この国の人々は、彼が精霊の世界に行ったのだと語り継いで来たの。」

「ガキの頃から聞かされていたけど……単なる御伽話だと思ってた。」

呆然と精霊騎士を見つめ、泣きそうな声で言うライオット。
サミュエルも本当だったなんて…と呟いている。

「事実は小説よりも奇なりというべきか。ライオット=コルト。会えたことを嬉しく思う。」

ユリウスはそう言って、宙に手を伸ばした。
銀の輝きと共に、そこに一振りの剣が現れる。

「人であった頃に持っていた剣だ――ミスリルで出来ている。そなたに渡そう。」

ライオットは剣を受け取る。キラキラと銀に煌めくそれは、清浄な力を秘めていた。

「では、さらばだ。もう会う事も無いだろう。」

ユリウスは白馬の轡を握って微笑む。
あっと手を伸ばしたライオットだったが。
その時にはもう、精霊騎士の姿は霧と化して消え去ってしまっていた。


***


その後。

王様はマニュエル様とティリオン、エアルベスさんに命じて兵を整えさせ、反乱軍を確認するよう命じていた。
また、職員さんと神殿騎士達は最高神官の指揮の下、大神殿内の検分に向かう。

アイギューンにゾンビドラゴンの儀式を行ったギュンター公爵達も生き返ったと話すと、怒りに目を吊り上げた。

"二度とバカな事を仕出かさないようにやっつけに行かなくっちゃ!そういう人間が今後出て来ないためにも!"

「わたちも一緒に行っていいかにゃ?」

彼女の武勇伝を聞いてしまった私は一応お目付け役を買って出ることにした。

"えっ……しょうがないわね、いいわよ。乗って。"

礼を言ってアイギューンの背――は広すぎるから、頭の上に上り、体を支えるのに丁度良い大きさの棘の所におさまる。
アイギューンが羽ばたき、体を宙に浮かせた時点で冒険者達が気付き、慌ててこちらに駆け出すのが見えた。
間に合わないので、シルフィードにジュゲムへの伝言を頼んでおく。

アイギューン程の巨大なドラゴンともなると、王都から出るなんて朝飯前なことだった。
あっという間に王都を抜け、ギュンター公爵の軍上空である。

決着は瞬く間に付いた。

流石神として崇められていたエンシェントドラゴンなだけあって、彼女は色々な魔法を知っている。
アイギューンは公爵とロドリゲス神官、一派と思われる貴族達、兵士、全てを一瞬で魔法の縄で縛り上げてしまった。
公爵と闇の神官らが居るであろう本陣を、切り取ったように大神殿に転移させる。
他の兵士達はアイギューンの咆哮一つで完全に戦意を無くした。

"これで人間共が何とかするでしょ。"

ジュゲムに乗ってきたライオット達と合流し、そのまま王城に向かう。
占領されていた王城は一度外からアイギューンが脅しただけではだめだった。
しかし一度大神殿に戻り、ライオット達と私を先陣に、兵士や神殿騎士、強化ケット・シー達からなる軍を編成して突入、解放された。

戦いながらもライオット達が投降を呼びかけていたが、分からず屋だらけだったので、腹が立って頭を冷やせと言わんばかりに禁断のハゲ魔法で一気に頭を涼しくしてあげたのだが――それ以降抵抗が弱まったので反乱兵達の心を折ったらしい。

ギュンター公爵やそれに与していた貴族達は牢に入れられた。
後日、王国法に則って裁かれるそうだ。

ロドリゲス神官達は、縛られたまま闇の教皇の元にティリオンが連れて行った。
彼らもまた、それぞれの教会法に基づいて裁きを受けるそうである。

85にゃん

"蟻…蟻の悪夢がっ――驕り高ぶる人間共め、うーん……"

蘇ったばかりのエンシェントドラゴンは意識がぼうっとしているようだった。
一度開いた目がまた閉じ駆け、眠たそうな半開き状態になって何やらむにゃむにゃ言っている。

それにしても蟻ってあの蟻?
この大きさのドラゴンでは目視出来ないんじゃ…。

ぐったりしたままそんな事を考えていると、ジュゲムがエンシェントドラゴンに向かって必死に呼びかけている。

"おばあさま、おばあさま!祖竜アイギューンよ!"

べしべし、と尻尾で思いきり叩いている。
アイギューンと呼ばれたエンシェントドラゴンは瞼をパチパチとさせると、ジュゲムに視線を固定した。

"ん?あれ、お前は……"

"ジュゲムジュゲム…(中略)…チョウキュウメイノチョウスケですっ!!!ご自分の付けたお名前を忘れたのですか!?"

噛みつかんばかりのジュゲムの言葉にじっと記憶を手繰るように宙を見つめるアイギューン。
ややあって、思い出したのかぱちくりした目になった。

"あっ、孫のジュゲムかぁ。大きくなったわね!ドラウエモンやドラザエモン達は元気?――それにしても、ここは何処?私は天寿を全うしたはずなのに、どうして此処にいるのかしら?"

アイギューンはそこで初めて周囲を見渡す。
王様、マニュエル様とその配下の兵士達、神殿兵や職員さん、ハチクロやタレミミ、冒険者達は身を竦ませる。

"げっ、人間の国じゃないの!?"

エンシェントドラゴンの目付きが険しくなった。
どうも彼女は人間に良い印象を持っていないようだ。

「我は古代王国カリンサを亡ぼせし始祖たる竜、アイギューンなり。人間共よ、我に何をした――返答如何によってはこの国を第二のカリンサとしてくれよう!」

お優しくない感情を含めた低さで唸る様に人間の言葉を発するアイギューン。
獣人やドワーフの兵士が震えあがって彼女へ五体投地で礼拝していた。

「神竜、アイギューン様!!!」

「失われしドラゴン教の神よ!!!」

「お、お、お助け……!」

アイギューン。
その名を聞いて、サミュエルは何かを思い出したように呟いた。

「まさか、神竜アイギューン――古代の事を学んでいた折、文献で読んだことがあります。古代に栄えたカリンサ王国の悲劇を――ドラゴン教の経典に語られし、ドワーフや獣人といった亜人を虐げていた愚かな人間に裁きを下した神竜アイギューンの伝説を!本当だったのですね……スィル、風の精霊に頼んで私の言葉を大きくしてください!」

サミュエルは言って、ジュゲムの近くまで走った。
ライオット達が制止の言葉を上げながらそれを追いかける。マリーシャも私をだっこしたままそれに続いた。
サミュエルはというと、アイギューンの注意をひくべく光を打ち上げるなり大声を張り上げる。

「――気高きドラゴンよ。我ら、汝に仇為す者には非ず、悪しき者に操られし汝を救い申し上げし者なり。怒りを鎮めたまえ!」

"そうですよ、祖竜おばあさま。彼らは違うのです!確かにおばあさまは一部の悪しき人間の邪法にてゾンビとしてこの世に呼び戻されましたが、その状態を救ったのが、そこの白い服の人間に抱かれているケット・シー、ニャンコ=コネコ、我の主です!"

「……ジュゲムの主?」

アイギューンは訝しげにこちらをじろりと見た。
エンシェントドラゴンの黄金の目が見開かれる。

"え…ちょっと待って、何これカワイイ――!!!!"

グルルルルゥ…と甘えるようなドラゴンの言葉で発せられたそれは、予想外の言葉だった。

"これ、ジュゲム!この子弱ってるじゃないの!"

アイギューンは優しげな眼差しになり心配そうに私に顔を寄せる。
ライオットとサミュエルが構えたが、マリーシャがアイギューンのやろうとしている事を悟ったのか大丈夫です、と制した。
エンシェントドラゴンはふぅっと静かに息を吐く。
すると、巨大な魔素の塊が私の体に染み入る様に入ってきた。

気が付くと精霊騎士様も傍にいて、銀の剣を私の体の上に横たえるようにして掲げていた。
騎士様は色合いこそ違えども、雰囲気がどことなくライオットに似ている。
銀の剣からも魔素の奔流が流れ込んできた。気持ちがいい。
しかし、あまりに膨大な量が流れ込んでくるので少し心配になっていると、騎士様が微笑んで頭を撫でてくれた。

「案ずるな――数多の世界に根を下ろす大世界樹の魔素を注いでいる。これしきの事では尽きぬ。」

そのおかげか、私は少し疲労感が残るぐらいまでに回復出来た。
いつの間にか鈴もすっかり元通りである。
私はマリーシャさんにお願いして降ろしてもらった。

「精霊騎士しゃん、アイギューンしゃん、ありがとうにゃー!」

くるりと回ってぺこりと頭を下げてお礼を言う。
騎士様はふっと微笑み、アイギューンは甘く唸った。

「礼には及ばない。貴女には、我が血族を救われた恩もある故。」

"いいのよー!本当、可愛いわねぇ。ニャンコちゃんが私を助けてくれたんだってね。ありがとうねぇ!――それにしても。もしかしてニャンコちゃんは転生者かしら?"

そうにゃっと元気よく返事をしてぴっと右手を上げて見せる。
アイギューンはやっぱりね、と笑った。

それからお互いの転生状況などを少し話した。
アイギューンさんは前世で梅雨時期の蟻に悩まされていたらしい。
それがエンシェントドラゴンとして転生しても、家を人間に荒らされて大変だったそうだ。

私とアイギューンの話を聞いていた精霊騎士が微妙な表情をしていたので、不思議に思っていると、大世界樹の精霊女王もまた同じ転生者だと教えてくれた。いつか、会ってみたいな。

誤解も解け、和やかな雰囲気になった後。
アイギューンはハラハラしているサミュエル達を見下ろすと、厳かに告げた。

「そなた達は我が初めて礼を言う人間となった――感謝する。何かがあった時、そなた達に一度だけこの力を貸してやろうぞ。」

――力が必要な時は、風の精霊にでも頼んで呼ぶがいい。

アイギューンの言動から敵意が消えた事を見て取った冒険者達は、ほっと安堵の息を吐いた。

と。

"祖竜おばあさま、お願いがありますっ!!!"

ジュゲムが必死な形相でアイギューンに切り出す。

"私の名前を変――"

"お前によかれと名付けた名前だから却下――それはそうと。実はゾンビになってた時の事、少しだけ覚えているのよね、私。"

アイギューンは0.3秒でバッサリした後、意味ありげにジュゲムを流し見る。
ジュゲムは震えあがった。

青くなって飛びあがり、逃走を図るジュゲム。
アイギューンはそれを目掛けてレーザーのような集中型小規模ブレスを嬲る様に吐き出していった。
まるでシューティングゲームである。

"ぎゃあああ、おばあさま謝りますからああああああっ!!!やーめーてー"

"ほーらほらほら、これぐらい避けてみなさいっ!!渾身の力で反撃してもいいのよ?"

世紀の大怪獣決戦、といった様相である。
王様をはじめ、人間達の顔色もジュゲムと同じように青ざめていっていた。

結局、アイギューンの攻撃が収まったのは――地下洞窟から最高神官、残りのケット・シー達、職員さん達が溢れ出てきてからであった!

2015年5月24日日曜日

84にゃん

「霧にゃっ!」

ケット・シーの誰かの声。それに気づいたのか、他の人たちも口ぐちに霧だと叫んでいるのが聞こえる。
気が付くと、世界樹の畑に、霧が立ち込め始めていた。
霧はあっという間に濃くなり、やがて畑全体を覆ってしまった。

食中毒も効かない、生理的に影響を及ぼすような魔法もダメなようだ。
焦るあまり考えがまとまらないまま魔法を掛け続けていると、ゾンビドラゴンが再びブレスを吐こうと口を開けた。
後ろから霧が溢れ、ぼうっとした光と風を感じた。

「『ゾンビドラゴンに対する――』」

ゾンビドラゴンの喉の奥に凄まじいエネルギーを感じる――間に合わないかも知れない!
案の定、ドラゴンがブレスを吐く方が早かった。

馬の嘶き。それが私の横を駆け抜け。
翻るマントを見た――世界樹の葉に剣の紋章。
あれは、ライオット?いや、髪の色が違う。

その不思議な騎士は、緑の紋様が入った銀の剣を掲げる。
ゾンビドラゴンが結界を破壊したのと同時に、横なぎに切り払った。
シャラン、と清浄な音。
勢い余ったゾンビドラゴンのブレスはその剣の不思議な力で無効化されたようだ。

「――あの人は!!?」

ライオットが叫ぶ。コルト家と同じ紋章をマントに刻んでいる騎士が気になっているのだろう。

私も騎士に気を取られていると、目の前を緑色の何かがふわりと飛んで横切った。
はっとして見ると、頭の両サイドにお団子頭を作ったどこか古代中華風な衣装を着た小さな女の子。
彼女は長い袖を目の前で合わせ――所謂拱手と呼ばれるお辞儀をする。

"遅ればせながら初めまして、ニャンコ=コネコ。私はこの世界の世界樹の精霊王ドリアードです。"

「初めましてにゃ…にゃっ!!?」

そうだ、ゾンビドラゴンは!!?

はっとしてドラゴンに目を向ける。
無数の世界樹の精霊に取りつかれ、もがき苦しんでいた。
不思議な騎士が剣を両手で捧げ持つようにして掲げ、何やら呪文を唱えている。

"禁じられた力で産み出されたあのドラゴンは世界の有り様を歪めます。だから、こちらの世界樹の畑を精霊界と繋げました――我ら世界樹の母、精霊女王たる、大世界樹の精霊の御意志です。そして、彼は精霊騎士。元はこちらの世界の人間でしたが、精霊となり、女王の守護をしています。"

ドリアードはそう語った。

"霧のあるところは、精霊界とこの世が混ざり合っています。だから私達世界樹の精霊も存在出来ますし、あちらからの介入も少しは出来ます。今は精霊騎士と私の同胞がゾンビドラゴンを抑えていますが、長くは持たないでしょう。ですから、その前に――"

ドリアードは私の鈴に近づき、両手で包む込むようにして触った。
鈴の全体に、唐草模様のように緑の模様が描かれていく。
同時に、力が満ちて来るのを感じた。

"世界樹の力をニャンコに託しました。あのドラゴンは古き時代、神とまで崇められた程の存在。神に近いあなたも、全力で戦わなければ勝てません。"

私は頷く。するとどこからか、ドリアードの優しげな声とは別の、玲瓏な声が聞こえた。

"ニャンコ、よく聞いてください。いびつな生命を与えられた憐れな生き物の弱点は、死の力ではなく、命の力……。"

「もしかして、精霊女王しゃま……?」

呟くと、ドリアードがにっこり笑って頷いた。
精霊女王の言葉にそうか、と思う。

命の力――恐らく、回復魔法だ。
考えてみれば、ゾンビドラゴンも無理矢理この世に呼ばれ、苦しんでるんだ。
それを何とかしてあげなきゃいけなかった。
それに、ジュゲムのおばあさんだし。

私はきっと顔を上げるとゾンビドラゴンに向き直った。
一歩一歩、近づいて行く。

「光の神イーラしゃま、闇の神アンシェラしゃま――あのドラゴンしゃんとみんなを助ける力を貸してちょーらいにゃっ!」

"やっと我らを呼んだな。"

"他ならぬニャンコの頼みとあれば是非もなし。"

「風の精霊王シルフィード、地の精霊王ノーム、火の精霊王サラマンダー、水の精霊王ウンディーネ――周りに被害が及ばないように力を貸してちょーらいにゃっ!」

"結界を支えればいいのねー!"

"全力を出しますですじゃー!"

"良いぜ、力いっぱいやってやる!"

"世界の命運がかかっておりますもの、全てを出し切りますわ!"

更に私は歩き続ける。

――ゾンビドラゴンを救うのは、命の力。

命の力――回復魔法に関わる単語を頭の中に呼び起こしながら言葉を考える。
その時、複数の足音が私の歩みに加わった。

「ニャンコ、俺達も共に行こう。」

「死ぬも生きるも一緒よ、ニャンコ。」

「私達では何の役にも立てないかも知れません。それでも共にある事でニャンコの支えになれます。」

「ニャンコは私達の仲間です。一人では行かないで下さい。」

ライオット、スィル、マリーシャ、サミュエルの声。
み、みんな!――止まっていた涙が再び流れ始める。

「俺も行くぞ。」

「私も行きます、ニャンコさん。」

その声はティリオンとエアルベスさん。
私を両側から挟むようにして皆が一緒に歩き、心を一つにする。

"このアラグノールも忘れてもらっては困る、主よ!"

見ると、結界の上空を立ち直ったジュゲムが飛んでいる。――"契約の絆を通じて我もあらん限りの魔素を主に捧げよう!存分に力を振るわれるがよい!"

とうとう、世界樹の畑の結界を抜ける。

突如、私の心にそれが湧いて来た。
ゾンビドラゴンを、世界を救う、命の力の言葉が!

私はイメージを構築した。
共に歩んでいた彼らごと、絶対防御をイメージした黄金の繭に包まれる。
そして繭ごと宙に浮かび上がり、ゾンビドラゴンの顔の前まで飛ぶ。

しかし、その時番狂わせが起こった。

"ニャンコ――精霊騎士も、私達ももう持ちません!"

ドリアードの悲鳴。
ゾンビドラゴンが体をゆすり、世界樹の精霊達を体から振り落とし始めたのだ。
剣を掲げていた精霊騎士も焦っているようだ。

えっ、ちょっといきなり!?
もっと持つかと思ってたんだけど!!?

私は慌てて呪文を唱えた。

「『天と地の全ての神々よ、精霊よ、すべての命ある者よ!歪な生命を生み出すために犠牲になりし者達全てをあるべき姿に戻し、憐れな姿に成り果てた古代の竜神に命を分け与えことを――我が力、我が鈴の力をすべて解放し、成就させたまえ』にゃ!!!!!」


――ピキィィィィン!!!


高音の波動が鈴を中心として広がり。
天地が、鳴動した。






"――ちょっ、せ●こそれ、回復・・魔法やのうて蘇生・・魔法やああああっ!"






ツッコミ関西風な…あれは玲瓏な精霊女王様の声?
あれ、何だかキャラが違う。聞き間違いだろうか?

黄金の繭が薄れていく。
世界に、黄金の粒子が溢れた。

魔法な力が失われ、私の体から、何かがごっそり抜かれていくのを感じた。
意識が薄れかけ、力すら入らなくなっていく。
鈴も、その役目を終えたのか、黄金から灰色に変化していった。

あ、やばい。

「ニャンコ!」

ぐらりときた私をマリーシャさんが抱き止めてくれる。

「シルフィード!」

「ノーム!」

スィルとティリオンが叫んで落下速度を緩めた。

ゾンビドラゴンは黄金に包まれて、その間にも変化していく。

腐臭あふれる赤黒い体は、瑞々しい灰青色へ。艶のあるなめらかな鱗、その下に脈打つしなやかな筋肉。
虚ろな暗黒の瞳は理知の光溢れる黄金の瞳へ。

私達が地に足を付けた時にはもう、その巨大な体を持つ古のドラゴン――エンシェントドラゴンは、再びこの世に生命持つ存在として蘇っていた。

2015年5月23日土曜日

83にゃん

「『風の精霊』、シルフィード、咆哮の衝撃をドラゴンの周囲に留めて和らげてちょーらいにゃっ!!!」

"はいさー!皆、がんばるよー!!!"

"よっしゃ、ばっちこいよー!"

"ドラゴンを囲んで―!!"

シルフィード以下呼び出されたおびただしい数の風の精霊達がゾンビドラゴンを囲む。
これでみんなの耳は守られる筈だ。

その直後、咆哮が上がった。

風の精霊の守りがあってさえ、びりびりと耳と結界を打ち付ける咆哮。
それをまともに喰らったらいかばかりの衝撃か。

間一髪だった、危なかった、と思う。

「ぐっ、なんて大きさだ……」

「耳が痺れてるわ…こんな化け物なんて…勝てる訳ない…」

「しかし、ここで何とか食い止めないとこの国は……」

「ええ、終わるでしょう。この国ばかりではなく他の国々も全て。」

ライオット、スィル、マリーシャ、サミュエル。彼らの顔は青を通り越して蒼白になっていた。
ティリオン、エアルベスさん、王様にマニュエル様、兵士達も同じ表情をして固まっている。
地下洞窟には避難しなかった一部のケット・シー達も毛を逆立てさせ、尻尾を股の間に挟んで怯えきってしまっている。

ゾンビドラゴンは、人間が戦うにはあまりにも存在感が違いすぎたのだ。
全員が全員、戦意を消失していた。

ゾンビドラゴンが結界にぶつかり、苛立ったように尻尾を打ち付ける。
結界がみしみし音を立てた。

やばい、壊れるかも知れない。

そう思った時、ドラゴンが口を開けた。
毒々しい色のブレスを結界にぶつけ――高い音が響いたかと思うと、結界が、壊れた。

「『世界樹の畑にゾンビドラゴンの攻撃に対する防御機能の結界が張られる』にゃ!!!」

「スィル、サミュエル、マリーシャ――迷っている時間はない、行くぞ!!」

「にぎゃっ!!!?」

ちょっと待って!!!

私は慌てた。
結界が壊れたと悟った冒険者達が、先走ってゾンビドラゴンに向かって駆けだしたからだ。

「ジュゲム、彼らを助けてちょーらいにゃっ!!!『地の精霊』『水の精霊』『火の精霊』ゾンビドラゴンの動きを封じてちょーらいにゃっ!!!」

"了解ですじゃー!"

"行きますわよ!"

"任せとけ!"

叫ぶと、返事と共にドラゴンの動きが緩慢になる。
ジュゲムにはサラマンダーが声を届けてくれたらしく、冒険者達に向かって真直ぐ飛んで行くのが見えた。
その際、ジュゲムは牽制の為にブレスをゾンビドラゴンにぶつけている。

もがくゾンビドラゴンを尻目に、冒険者達の前に降り立つジュゲム。
それだけでどうすれば良いのか悟ったのか、彼らは乗り込んでくれた。

翼を動かし、ジュゲムは上昇していく――しかし、ゾンビドラゴンが立ち直る方が早かった。
私は考える時間もなかった。
咄嗟に使い慣れた魔法を使ってしまう。

それが、仇になった。

「『ゾンビドラゴンは食中毒になる』にゃ!!!」

しかしそれも空しく彼ら目掛けて忌まわしい口が開かれ、そして。

「皆さん!!!!」

「ライオット!!!サミュエル!!!マリーシャ!!!スィル!!!」

エアルベスさんとティリオンが叫ぶ。
私は視線を逸らせず、ただその声を聞いている事しかできなかった。
食中毒魔法は効かなかった――それはそうだ、ゾンビだもの。

全員が、ジュゲムごとゾンビドラゴンのブレスに飲み込まれ――ジュゲムは兎も角、耐性のなかった人間やエルフの身では。

「にゃあああああああ―――――っっ!!!」

自分のせいで、彼らが死んでしまった!

涙を流しながら悲鳴を上げると、周囲に光の粒子が踊った。


***


その光の粒子は集まり、4つの塊を作る。
そして、人の形になると、パンと弾け飛んだ。

「――ああああっ……にゃ?」

あれ?
さっきゾンビのブレスでやられた筈の彼らだ。

何故、と思った瞬間に思い出す――そうだ、自分が渡したお守り!
即死攻撃を受けた時に身代わりになって、彼らの身を自分の近くに転移させる効果を付与していたんだった!

「何故、俺達は…」

「ドラゴンのブレスに巻き込まれたのに、生きてる?」

「まさか」

呆然としているライオットとスィルの疑問にマリーシャがはっとなって懐を探る。

「……ニャンコのお守りですか?」

「なくなっています――そうとしか。」

サミュエルが訊くとマリーシャは頷いた。

「みんにゃ…良かったにゃ…良かったにゃ……」

もし、お守りを渡していなかったら。
もし、致死攻撃を受けた時の効果を付与してなかったら。
彼らが失われたら、と考えると恐ろしかった。

ボロボロ泣きながら言うと、お守りを探っていたライオットが「またニャンコに助けられようだな」と苦笑する。
その間にも、三度目のブレスがぶつけられて結界が悲鳴を上げた。

そうだ、もう二度と大切な人を失わないためにも、今はゾンビドラゴンをどうにかしなくては。

2015年5月22日金曜日

82にゃん

人間の制御の離れた巨大なゾンビドラゴン。

呼び出されたのは王都の外だったが、その虚ろな目は王都――いや、正確には大神殿を見据えると、酸性の涎を歯の間からだらだらとこぼしていた。
おぞましさに毛が逆立つ。何故こちらを見ているのだろう。

"ニャンコ、愛し子から伝言だ!――不完全な人間の術で呼び出されたからあの化け物は恐らく魔素が足りない!!だから真っ先に狙われるのは世界樹の畑、つまりここ大神殿になるぞ!!!!"

焦ったサラマンダーの声。そういう事か、と思う。
魔素、魔力の塊を狙って喰らい、存在を安定しようとしているのだ。

ここには魔素の多く含んだ水や魔素の塊の世界樹がある。
ゾンビドラゴンはそれを嗅ぎ取っているのだろう。

仮に私たちがここを放棄すれば、まず世界樹の畑は壊滅は免れない。
また、ゾンビドラゴンは満足していなければより多い魔素を求めてグンマ―ルや魔族領の方へ向かうだろう、確実に。

そして被害が更に大きくなる。
クマルやスカーレットさん達もただでは済まないだろう。

不完全とはいえ、先程の咆哮からその力は相当大きなものだと分かる。
与えられた力で、対応できるだろうか。不安にかられて、目を閉じる。

――私、大丈夫だろうか。

それでもここで何とか出来る限りの事をして食い止めないと、街の人も兵士も、大神殿の人達やケット・シー達、冒険者達も――全てが失われる。

死ぬかもしれない。でも、私はどうせ一度死んでるんだった。
死ぬのは、怖くない。
怖いのは、前にも彼らに言った様に、皆を失う事が一番怖い。

目を開けて、不安や恐れを全て吹っ切った。

「『世界樹の畑の結界はゾンビドラゴンの攻撃に対する防御機能を備える』にゃ!」

そう唱えて私は叫ぶ。

「シルフィード、みんなに伝えてちょーらいにゃっ!さっきのは凶悪なゾンビドラゴンの咆哮で、ジュゲムより二倍は大きいにゃっ!ヤツは大神殿の世界樹の畑を狙っているにゃ!さっき世界樹の畑の結界を強化したから、その中なら安全にゃっ!!みんなは結界の中に逃げるにゃっ、王しゃまもライオットしゃんたちも、今すぐにゃっ!!!」

「――ニャンコ、どういうことだっ……!!!?」

シルフィードが気を利かせて王様やライオット達にも視界共有してくれたようだ。
私に問いただそうとしたライオットは途中で言葉を失う。

一瞬の後――皆パニックに陥った。
ケット・シーに至っては、すっかり怯えてしまって縮こまっている。

「落ち着いてください――まず、戦えない人は地下洞窟へ。戦える人は世界樹の畑の中へ行ってください。」

エアルベスさんが我に返って皆を落ち着かせて誘導する。
皆青くなりながらも世界樹の畑や地下洞窟へと分かれて走った。

その時。
風の精霊の視界を通じて、ジュゲムが真直ぐにゾンビドラゴンに飛んでいくのが見えた。

"間違いない――祖竜おばあさま!!"

ゾンビドラゴンにある程度近づいたジュゲムが驚愕に叫ぶ。

えっ、あれジュゲムのおばあさんだったの!?

誇り高いドラゴンにとって、家族の骨を利用され、ゾンビとして戦わせられる程屈辱的な事はないだろう。
事実、ジュゲムはゾンビドラゴンの近くまで到達するなり、怒りに目を滾らせると、渾身の炎のブレスを――

"おのれええええっ――ここで会ったが千年目!名前の恨みいいいいいいっ!!!"

ゾンビドラゴンにぶつけた……あれ?


***


ジュゲムが渾身の力でぶつけた炎のブレス。
それにサラマンダーも協力していたようで、かなりの熱量がゾンビドラゴンを直撃した。

炎がその赤黒いいびつな皮膚を焼いていく。
ゾンビドラゴンは苦しいのか地面にのたうってもがいていたが、炎が消えるとジュゲムを無視して醜い翼をはためかせ飛び立った。

そのまま真直ぐ大神殿へと飛んでくる。
その頃にはもう、皆移動し終わっていた。

大神殿までの距離はあっという間に埋められる。
その後をジュゲムが追いかけてきているが、二倍の図体差は埋められない。

「――来るにゃっ!!!」

ドォン!!!

皆伏せる。地面が巨体を受け止めて悲鳴を上げた。
続けて風圧が私達を襲う。
何とも言えない、ナマモノが腐ったような臭いが鼻を突く。

死と恐怖を引連れた、悪魔の竜がそこにあった。

81にゃん

ギュンター公爵は焦っていた。
これは、あの水の精霊使いが引き起こした状況に違いなかった。

ドラゴンが火を噴き、その上に乗った魔術師と神官と思われる者たちが火球や光の矢で以て次々と攻撃を加えてくる。
特にドラゴンの出現は、兵士たちを混乱と恐怖に陥れるのに十分だった。
それでも数の上で優勢であればまだ踏みとどまっていたのだが、報告でケット・シーと王、それに剣士とエルフが目覚ましい動きで戦っているという。
その中に鈴をつけた純白のケット・シーが居ただろう、と問えば答えは是であった。
やはり、エアルベスは魔王の国へ行った者たちを呼び出していたのだ。
元来王やケット・シーに十人以上を相手取る武力などない筈――という事は、ニャンコ=コネコがあの鈴で奇跡を起こしたに違いない。

「――バカ息子め、失敗しおって!」

こうなった以上、何としてでもニャンコ=コネコを――出来なければその鈴だけでも我が手中に収めなければわが軍は負ける。
ギリギリと歯を噛みしめていると、闇の神官が不気味な笑みを浮かべて近づいて来た。

「戦況が覆されそうになっているとお聞きしました。準備は出来ておりまする――お使いになりますかな?」

「……。」

ギュンター公爵は即答は出来なかった。
使うという事はそれだけの代償を必要とするからだ。

「これ以上逃げ帰ってきた役立たず共を置いておいても仕方ありますまい。」

「……安全だという保証はあるのか?」

「代償が多ければ多いほど安定しまする。」

「よもや失敗はすまいな。」

「ご決断さえ頂けますれば。」

言外に含まれた意味。
これまで様々な悪事に手を染めて来た公爵でさえ躊躇うほどの決断。
しかしこの闇の神官はいやに使いたがっている気がしていた。

「何故そう使いたがっておるのだ?」

「戦況を覆したのは剣士とエルフのいる冒険者一味だとか――個人的に恨みがございますゆえ。」

公爵はロドリゲスが牢に捕われたいきさつの報告を思い出した。
成程と合点がいく。

「そうであった、そなたが失敗したのもあやつらのせいだったか。」

「向こうには水の精霊使いがおりまする。風の精霊使いもおりますゆえ、こちらの情報は筒抜けかと。時間がたてば経つほど、こちらが不利になりますな。」

ロドリゲスの言葉にギュンター公爵は考えた。
自分の決断如何で明暗が分かれる――こちらとて、絶対に失敗は出来ない。
如何に精霊使いの力を駆使しようとも、それをなぎ倒す程の力を以て全てを破壊してしまえばよい。

「ぐっ――分かった、大事の前には小事を捨てねばなるまい。」

賽は投げられた。


***


"ニャンコッ、ギュンター公爵のやつ、とんでもない事をしているわー!"

シルフィードの焦った声。
口で言うのももどかしいのか、視界共有をしてきた。

高所から見ているであろうそれ。

地面にとても大きな魔法陣が描かれているのが分かった。
魔法陣の中には大きなドラゴンの骨らしきものと沢山の魔物や人間の死体が集められ、高く積み上げられている。

魔法陣の外に闇の神官らしき人間が大勢居て、なにやらむにゃむにゃと唱えていた。
やがて魔法陣全体が赤黒い光を放ち始める。

なんか、やばい事してるよね?

そう思った時、赤黒い光は魔法陣に積み上げられた物を全て飲み込み、蠢き始める。

――さあ、破壊のドラゴンよ!我らの血肉を以て蘇るがいい!

叫んだ神官の一人に見覚えがあった。ロドリゲスだ。
どうやって牢から逃げたのだろう、いや、そもそもギュンター公爵自体が黒幕だったのかも知れない。

蠢きだした赤黒いモノは、やがて一つの形を取り出した。

途轍もなく巨大なドラゴンだ。
それも、ジュゲムより二倍は大きい。

ロドリゲス神官がそれを見て壊れたように笑う。

「なんと拾い物をしたことよ――古の邪竜の骨だったとは!」

その赤黒い巨大なドラゴンは、虚ろな光を宿した目を開けて咆哮を上げる。
闇の神官達はその衝撃に吹っ飛んだ――ロドリゲスももれなくである。

一拍遅れて咆哮の衝撃が大神殿全体を襲う。
離れていてさえ、ビリビリとした衝撃である。

少なくとも落雷ぐらいの衝撃はありそうだ。
ありゃあ、鼓膜破れてるよね。

"あああっ、いきなり制御出来なくなってるわー!"

あ。

2015年5月20日水曜日

80にゃん

「ちょっ、ニャンコ!?」

「王まで一緒に居たら意味ないだろうがあああああ!?」

等と、スィルとライオットの声が聞こえたような気もしたが、一斉に敵兵を打ち上げだした私達には誰の制止も意味を成さなかった。

一騎当千、という言葉がある。
文字通り一人で千人を相手取るぐらい強い、という事だ。

ちらりと周囲を見るに、一騎当千とは行かぬまでも一騎当十ぐらいはいっているだろうか。
今のケット・シー二百数十余名+αはつまり、少なくともその十倍の二千人の兵士を相手取る事が出来るという事になる。

「うわーはははははは!このような爽快な戦は余は初めてぞ!!!」

ポンポンポン、と面白いように兵士達が宙を飛ぶものだから、イシュラエア王はナチュラルハイに陥っている。
持っていた棒切れはもう使い物にならなくなって捨てている。

斬られても射られても魔法を打たれてもノーダメージなのに気づいてからは、王様も拳勝負だ。
また、王様はいい敵兵ホイホイにもなっている。

「イシュラエア王、お命頂戴いいい――ぐしゅんぐしゅん、ぶべら!!!」

「あにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃ!!!!ジャマにゃ――っ!!!」

「何だ突然鼻がムズムズして――たわば!!!」

「ケット・シー如き、この俺…ビェックショイ、あれ涙が止まらな――あべし!!?」

「ジャマだと言ってるのにゃっ!!!」

王の首級を!と兵士が群がってくるのを、ケット・シー達がひっかき、噛みつき、そして殴り飛ばしている。
止まらないクシャミと涙、鼻水まみれに顔をくしゃくしゃにした兵士達が次々と空に打ち上げられていく。
まさに破竹の勢いで私達は進軍し、瞬きの後――動けなくなった兵士の山が背後に築かれていた。

「グシュッグシュッ……な、何だ、ケット・シーってこんなに強かったのか!?」

「涙が止まらない…どうしたっていうんだ俺の体は!?」

最初は外見の可愛らしさ、か弱さに騙されて突っ込んで来ていた兵士達が躊躇いだす。
そこへ、肉屋をしてそうな――200㎏はありそうな力士タイプの大男――ブッチャー(仮名)が現れた。

「お前達、情けないぞ!たかがケット・シー如きに怯むとは!」

「た、隊長!」

隊長が来てくれた!――及び腰だった兵士たちが俄かに活気づく。

ブッチャーは不細工な顔を更に不細工にゆがませた。
猫アレルギーの症状は出ているのだろう、クシャミを我慢しているのか、険しい表情で涙を流していた。

「俺は簡単にはやられんぞ!!!かかって――」

私は体全体で頭突きをかました。
ブッチャーと共に宙を飛ぶ。

「ああ、隊長があんなに高く――!?」

「うにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃ――ほあにゃーっ!!!!」

「ひでぶっ!!!」

落下するところでブッチャーの体に拳を叩き込んで地に落とす。
ブッチャーは何回か地面をバウンドしてあっさり気絶した。
シュタッと地面に降り立った私。ゆっくり立ち上がり、兵士の方を振り向く。
ケット・シー達が、喉を低く鳴らして威嚇の唸り声を上げた。

「……ば、化け物…ックション!!!」

「た、退却しろ!退却っ!!!」

「退け、退けいっ――ハクシッ、ヘクシッ、くそっ!!!」

恐らくブッチャーは兵士達の心の拠り所だったのだろう。
私達によって数を大幅に減らした上、頼みの綱もやられた彼らは尻尾を巻いて逃げだした。

「にゃっ、テキは逃げ出したにゃっ――このまま追げ、むぐっ!!?」

「待て、ニャンコ――今は傷ついた人を介抱して体制を立て直す方が先だ!」

「深追いは危険よ。」

追撃、と続けようとした時。
追いついて来たライオットの手で口を覆われ、私はコクコクと頷いた。


***


「光の神イーラしゃま、この人のキズを癒してちょーらいにゃっ!」

私の言葉に怪我人が光に包まれ癒されていく。
軽めの怪我の人は職員さんや普通の神官さん達が当たっているが、結構重症な人は最高神官ヴォードや高位神官、私が治療して回っている。先程の人は腕を切り落とされていたが、すっかり元通りだ。
その傍らで、大活躍したケット・シー達がはしゃいでいた。

「ボクは強かったんだにゃー!」

「俺、すごいにゃっ!ちぎってはなげ、ちぎってはなげにゃ!」

ハチクロが両腕を握りしめちからこぶをつくる所作をし、タレミミがシュッシュッとシャドーボクシングをする。
他のケット・シーも同じような感じである。
エアルベスさんも少し元気を取り戻しており、ミミを抱きしめて皆を温かい目で見つめていた。

王様はと言うと、ティリオンが連れて来てくれたマニュエル様、最高神官ヴォード、そしてライオット達と共に戦況分析とこれからの戦略を何やら語り合っている。

ジュゲムは大神殿の上を飛び、退いた反乱軍を威嚇し続けてくれている。
シルフィードによると、反乱軍は現在大神殿から数キロ離れた所まで退いており、こちらの動向を伺いながらやって来るであろう諸侯を警戒しているようだ。

2015年5月19日火曜日

79にゃん

「エアルベスしゃん、わたちたちも戦えるにゃっ!」

「チカラはにゃいけどかみちゅいたりツメでひっかくくらいの事はできるにゃっ!」

ケット・シー達がエアルベスさんに近づいて来て次々に口にする。
職員さんの一人がコップを差し出した。

「世界樹のお茶です。水で濾しただけのものですが、少しはお力が回復されるかと。」

「エアルベス様だけに戦わせられません。私達も盾になる事くらいは出来ます!」

その場にいる全員が、決意の目をしていた。

「みなさん……」

エアルベスさんが涙ぐむ。

「――命の瀬戸際にあっては王も民もあるまい。ケット・シーでさえ戦おうというのだ。余こそが戦わずして何が王か。」

見ると、イシュラエア王レグザックが木の棒を手に入り口に立っていた。
職員さんが慌てて道を開け頭を下げる。

「よい、礼なぞ要らぬ。エアルベス、そなた一人に大きな負担を強いてすまなかった。」

頭を下げるイシュラエア王。

「これよりは余も共に戦おう!レグザック=ギル=ヴィンザーク=イシュラエアは自身の死を以て王子アルベルト=ザック=クラリノア=イシュラエアに王位を譲る事を宣言す!」

レグザック王は背後にいる青年を振り向いた。「――よいな、アルベルト。そなたは地下洞窟に戻り、その剣で母と妹姫を守るがよい。余が戻らねば、そなたが王となるのだ。」

「しかし、父上!」

突然の王位の譲渡。
不安と驚愕の混乱で言い募る、どこか気弱で頼りなさそうなアルベルト王子を王は睨み付けた。

「しかしも案山子もないわ!そなたらをなかなか顧みてやれなんだが、王として十分な教育は与えて来たつもりだ。守るべき者がおる、しゃんとせい!いざとなれば――覚悟は出来ておるな?」

言外に万一の事があれば自害せよと王様は言う。王子様は辛そうに項垂れた。

「余には光と闇の御子もついておる――武器などこの棒切れ一つで十分よ。久々の戦、血が滾るわ!」

王様はぶおん、と音を立てて棒をしならせる。

――王様も、みんなも、死ぬ気だ。死ぬ気で戦おうとしている。

敵兵は外にもいっぱいいる。大神殿の中の兵士を倒しても次が湧いてくるだろう。
いっそ食中毒魔法を使おうかと思ったけれど、こんな光景を見ていると皆の気持ちを無駄にはしたくない。
それに――二度とクーデターなんか起こせないように心を完璧に折る方がいいだろう。
私はそう思って計画を変更することにした。

「王しゃまっ、わたちにグンのトウソツケンをちょーらいにゃっ!!!」

突然の申し出にイシュラエア王はにやりと笑った。

「ふふふ、何とも頼もしき事よ。ここにいる者のほとんどがケット・シーばかり、ならば将もケット・シーで良かろう――ニャンコ=コネコ。そなたをイシュラエア王国元帥に抜擢する。」

「王しゃま、ありがとうにゃっ!」

私はぴょこんと一礼すると、エアルベスさんの隣に立ち皆の注意をひきつける。

「……ケット・シーのみんな。命は惜しくないのかにゃ?」

エアルベスしゃんを守れるなら死んでも本望にゃ!等と口ぐちに言う。

「よく言ったにゃ!なら、わたちがみんなに戦える力をあげるにゃっ!」

私はケット・シー達に整列するように言う。
落ちていた木の枝を拾って宙に浮き上がると、仰々しく両手を広げて全員に呪文にほんごを使った。

「『大神殿内に入ったギュンター公爵に味方する人間は全員酷い猫アレルギーになる』にゃ!『ケット・シー達全員とイシュラエア王は刀と魔法をはじく強化肉体と敵を全員倒し切るまで続くスタミナと一撃で軍人を気絶させる力を持つ』にゃ!――これでケット・シーのみんなと王しゃまは敵をやすやすと打ち破れるようになったにゃっ!」

木の枝を采配に見立てる。ミミとその周辺にいるケット・シーに先端を向けた。

「ミミと他数人はエアルベスしゃんを守ってちょーらいにゃ!」

ミミたちが「わかったにゃっ!」と返事をする。
続いて敵がいる方向をぴっと指し示した。

「みんな、わたちがセンジンを切るにゃ!王しゃまはわたちの後ろに!タレミミとハチクロは左右に分かれてついてきて、他のみんなも適当にタレミミとハチクロに続いてちょーらいにゃっ!」

言い終わって地に足を付ける。
職員さん達が慌てて口を開いた。

「――ニャンコちゃん、私達はどうすれば!?」

おおっと、忘れてた!

「『ケット・シー保護区の職員全員は刀と魔法をはじく強化肉体と人を癒せる光の神イーラ様の力を全ての敵を倒し切るまで与えられる』にゃ!――職員しゃん達はケット・シーのみんなの後ろから傷ついた人を探してイーラしゃまに癒しをお願いしてほしいにゃっ!今わたちがイーラしゃまにお願いしたから、使えるはずなのにゃ!」

「――分かりました。」

これで、よし!

私は姿勢を低くしてスタートダッシュの構えを取る。

「さあ、ツメとキバの用意はいいかにゃ?――ケット・シーが近づいたらクシャミをする人間がテキにゃっ!さあ行くにゃっ!!!」

私は言うなり駆け出した。
魔法をかけたといっても、目に見えない。
その効果を先陣という形で実践してやらないと皆も安心して存分に動けないだろう。

"じゃあわしらはマニュエル軍を呼び出す事に専念しますじゃー!"

ノームの言葉に兵士を飲み込もうとしている泥がストップする。
埋まっている兵士をすり抜け、ケット・シーを捕まえようとしてきた十数人もの兵士。

「にゃああああああああっ!!!!」

鬨の声を上げながら私は近づき――

「真のネコパンチ!カツモクして見るのにゃあああああああっ――!!!」

ぱああああん!

高速ネコパンチを繰り出して、まとめて吹き飛ばしてやった!
兵士達がうぎゃあああ、と情けない悲鳴を上げながら高く宙を舞う。

ケット・シー達が凄いにゃー!と歓声を上げて。

ケット・シー+α無双がここに開幕した。

2015年5月18日月曜日

78にゃん

"猛き炎、アラグノール再び参上おおおおおおっ!!!!!!"

転移の泥を抜けるなりジュゲムが叫ぶ。
空から周囲をざっと見ると、時すでに遅く攻め入られてしまっていたらしい。

「――エアルベスしゃんは!?」

"丁度下にいるわよー!"

シルフィードの指さす方向を見る。唖然としてこちらを見上げるエアルベスさん。
あっ、本当だ、無事でいる――間に合って良かった!
耳元をウンディーネが囁く。

"最高神官ヴォード、イシュラエア王、ケット・シー達は全員地下洞窟に居ますわ。愛し子がいる場所が地下洞窟の入り口だから死守しなくてはなりませんわね。"

「分かったにゃ!――ジュゲムは外にいる公爵の兵士を脅して欲しいにゃっ、ギュンター公爵本人が居たら狙ってやるといいにゃっ!」

スィルに抱えられてジュゲムから飛び降りながら私は叫んだ。
"応!"という頼もしい返事。
ジュゲムの上にはサミュエルとマリーシャが残っている――という事は、彼ら以外は全員飛び降りたのだろう。

風の精霊が落下速度を緩め、ふわりと地面に着地した。
転移の泥が出来ていた場所に、体を半分埋もれさせた兵士が必死でもがいているのが見える。

その後ろからイナゴの如く次から次へと走ってくる新手。
しかしライオットはあっという間に全員昏倒させてしまった。

「あれ?――こいつら、数は多いがまったく強くないぞ?」

「てことは、緊急に徴兵された農民ってところかしら。」

弓で遠くの兵士を次々と無効化させながらスィルが答える。「止まっているようにさえ感じられるわ。」

……実は正規兵だけど、ライオット達が魔素の多い環境で強くなってるから弱く感じたんだろうな。

考えている間にもジュゲムの咆哮が聞こえる。
大神殿の周囲を旋回して外の兵士達を威嚇し、遠ざけているのだろう。

時折低く飛んだ時、サミュエルが魔法を打っている。
マリーシャは弓矢などの攻撃を跳ね返す結界を張り、また時々光の攻撃を繰り出していた。

ジュゲムは図体が大きい分、そうした細かな所は彼らが補っている。
流石は冒険者、咄嗟にその判断をするとはなかなかいい組み合わせである。

脅しのブレスを吐きながら旋回するドラゴンに、反乱軍はかき乱されたようだった。
あちこちで上がる、悲鳴や叱咤の声。

と、私は誰かに抱き上げられた――エアルベスさんである。

「――エアルベスしゃん、ダイジョウブだったかにゃ?」

「ニャンコ、ありがとう。危ないからここをずっと行ったところの地下洞窟に行ってください。そうすれば他のケット・シー達がいます。」

危ないから、の所で地下洞窟に通じていると思われる入り口に降ろされ、背中を押される。
しかし心なしか彼女の顔色が悪い。

「どうした、顔色が悪いぞ。」

私より先にティリオンが声を掛けた。
エアルベスさんは少しふらついて倒れかける。
それを支えたティリオンをすがりながらも、彼女は再び立ち上がろうとしていた。

「マニュエル伯爵の兵士を運ぶために……転移術を一度に使い過ぎただけです。少し休めば――」

「無理をするな。兵士の転移は地の精霊使いである俺が請け負ってやる。お前は他の者の心配をしているがいい。」

「あ…ありがとうございます!」

ティリオンはエアルベスさんをそっと立たせると泥を生み出してその中に消えた。

何だろう。ティリオンが凄く…まぶしい。

いや、それよりも。
エアルベスさんも体力的に限界そうだし、一緒に地下洞窟に行った方がいいよね。

"ここはわしと愛し子に任せるですじゃー。敵の兵士をどんどんトッツィグに送り、お味方の兵士をどんどん連れてきますですじゃー!"
ノームの言葉と共に敵の兵士達が次々と泥に飲み込まれていく。
反対に吐き出されているのは味方の兵士だろう。

「分かったにゃ。わたちとエアルベスしゃんは地下洞窟に――」

行くから、と言いかけた時。
地下洞窟への入り口に影が現れた。

「ニャンコしゃん!――帰って来てくれたのかにゃっ!?」

「ニャンコにゃん、にゃぜここに…?」

「ふにゃあああーん、ニャンコー!」

「にゃっ、タレミミ、ハチクロ、ミミ!――三人とも、元気だったかにゃー!」

「こらっ、地下洞窟に隠れていなさいって言いましたよね、何故勝手に出て来たのです!?」

久々に出会えた三人に喜びながら手を振っていると、エアルベスさんが力なく怒鳴る。
ミミがべそをかきながら叫んだ。

「らって、らって、エアルベスしゃまをシンパイちてるにょにゃー!!!わたくちたちだけでアンジェンなバショにかくれてるにゃんてイヤにゃー!!!」

「ミミ…」

「――エアルベスにゃん。みんにゃもおんにゃじ思いにゃのにゃ。」

「ハチクロ…」

「みんな、エアルベスしゃんを守りたいのにゃ。」

「タレミミ…」

三人は通路を振り返る。
そこには、職員さん達――それに、大勢のケット・シーが出て来ていた。

77にゃん

ギュンター公爵は大神殿を包囲する自軍を見てほくそ笑んでいた。

――もうすぐ、この国は自分のものとなる。

王に不満を持つ諸侯や貴族を抱き込んで味方につけ、神殿勢力を味方にする為に援助を惜しまない。
その裏で帝国の政変で流れてきた闇の神官を保護し、禁忌の術を使わせ、ゾンビではあるがドラゴンという大きな戦力を得る。
全ての流れは自分に味方しているとしか思えなかった。
王は自分を信頼するふりをしつつ利用しようとしていたようだったが、自分の方が一枚上手だったという訳だ。
自軍を一般の民や商隊に紛れ込ませ、王都に入れた甲斐があったというもの。

自分とて、この有利な状況がいつまでも続く訳ではないとわかっている。
諸侯が異変を察して大挙して軍を動かせば多勢に無勢になる。
だからこそ、今禁術の成就を急がせているのだ。

「――ロドリゲス神官。ドラゴンの復活儀式はどうなっている?」

後ろを振り返って問いかける。
そこには帝国からこの国に新天地を求めて来た、闇の神を奉ずる過激派の神官の一人がいた。
神官としては勿論禁術の知識もあり、申し分のない実力を持っている男。
先日リュネという街でヘマをして捕まっていた所を、秘密裏に助け出してやった。

「あと数刻もしますれば、何時でも行えるよう全て整いまする。」

「投獄されていたのを折角救ったのだ、しっかりと働いてもらわねばな。」

この男を捕えるのに活躍した冒険者達、それに不思議な力を持つケット・シー。
唯一計画の邪魔になりそうな者達は全て魔族の国へ向かってしまった。
この点に関しては魔王様様だとギュンター公爵は思う。

奴らが魔王討伐に成功したのは先日魔石が透明になって砕けた事から分かっていた。
早すぎる、と思ったが、水の精霊使いが力を貸せば不可能ではない。
王が魔王討伐成功の祝賀会を開くと浮かれている陰でこちらは計画を実行する。
その場で王に忠誠を尽くす貴族はほとんど一網打尽にして投獄している。残すは目の前の大神殿を落とすだけだ。

王の首を取り、ケット・シー達を人質に水の精霊使いに命じてヒュペルトを救出させる。
あの者達が魔王を倒せば英雄として、魔王にやられたら生き残った唯一の同行者として――そう扱えば社交界にも戻せるだろう。
まったく頭の痛いバカ息子であるが、バカなほどかわいいと思うのは親の欲目か。

鈴に関してはそうそう期待してはいない。ただ、運が良ければ持って帰れればよいという程度だ。
そうすれば光闇問わず神殿勢力を支配下に置ける。

そう思いながらちらりとロドリゲス神官に目をやると、下げていた頭を上げた男と視線が合った。
瞳の中には油断ならぬ光が宿っている。

「御意に――しかし、その代り、」

「分かっておる。わしが王となった後に闇の神殿を立ててやる約束は忘れておらぬ。その後は好きに教皇でもなんでも名乗るがよい。」

「は、ありがたき幸せ。」

去っていくロドリゲス神官。
その背を見つめながら、ギュンター公爵はいずれ王としてロドリゲスとも争わねばならない予感を感じていた。
目まぐるしく脳を働かせる。
圧倒的な兵力で大神殿を包囲している自軍。

――このまま一気呵成に攻めてしまえば。

「あるいはドラゴンの復活は必要ないかもしれん――神殿側も後々面倒にならぬように多少は手心を加えておくか。要は王の首さえあればよいわ。」


***


包囲しているという余裕からか、ギュンター公爵の軍はすぐに攻めてくるようなことはしなかった。
神殿側に向かって王の首を差し出して投降しろ等と呼びかけ続けていた。

しかし数日経っても神殿側から反応がなかったため、公爵は攻め落とす事を決定したようだった。
最終通告を耳にして、神殿兵士は死を覚悟し、光の神官も武器を手に取った。

水の精霊使いエアルベスもまた、数日の間に出来る限りの事をしていた。
マニュエル伯爵が投降を呼びかけている間、物資や精鋭の兵士を精霊術で運び、諸侯への連絡を取っていたのだ。
また、世界樹の畑へ使っていた力を殺傷の為に人に向ける事を覚悟した。

――少しでも、私が力を発揮出来て逃がしやすくするように。

イシュラエア王族とケット・シー達を世界樹の畑の地下洞窟へと隔離する。
大軍であっても入り組んだ建物では一気呵成には攻められない。
自分達は世界樹の畑の近く、中庭にある地下洞窟へと通じる建物を固める。
また、神殿の建物全体の、ドア付近等不意打ちをしやすい場所にピンポイントで人員を配した。

近づいてくる鬨の声と何人もの足音。
戦う剣劇の音、悲鳴。
魔法によるものなのだろうか、爆音も聞こえる。

「――ここは、死んでも通しません。」

近くにある溜池に意識をやりながら、エアルベスは殺意を帯びた兵士達が中庭を突っ切ってこちらへ近づいてくるのをじっと見つめていた。

と。

兵士達が奇妙な悲鳴を上げて沈んでいく。
硬かった筈の地面が、いつの間にか大きな泥の池になっているのだ。

「え?」

エアルベスが疑問の声を上げた瞬間、その巨体が泥を突き破って天に上った。

2015年5月16日土曜日

76にゃん

「ニャンコ…それはニャンコがドラゴンの従僕になったという事ですか?」

マリーシャが、今幻聴が聞こえたのかな、というような事を思ったのだろう、そういう表情で訊ねてくる。
私は勢いよく頭をプルプルと横に振った。

「違うにゃっ、そのギャクで、ドラゴンしゃんがわたちのジュウボクになったのにゃ!」

「えええええええっっ!!?」

冒険者達は余りの事への驚愕に声を上げた。

「ニャ…ニャンコがドラゴンの主……」

「信じられない……」

「それは本当なのですか?」

サミュエルは魔王の方を見た。
スカーレットさんは間違いない、と頷く。

「ニャンコは誰も言えなかったドラゴンの名前を言う事が出来ましたわ。私も、まさかニャンコが主になる程魔力が多いとは意外でしたが。」

沈黙。
その場にいる全員、魔族も人間もエルフも問わず、皆の視線が私に集中した。

「それだけじゃないにゃ…わたちは力持ちなのにゃっ!」

言って、部屋にあった人一人よりも大きな壺を軽々と持ち上げる。

「にゃっ、こんなの軽々なのにゃー!」

調子に乗って、ほいっほいっと軽く投げて見せる。
それがいけなかったのか、ある瞬間。
つるり、と手が滑った。
床に落ちた大きな壺が粉々に砕ける。

「「「「「「あ。」」」」」」

冒険者達は茫然としていたが、魔族の人たちは一様に顔をムンクにする。
スカーレットさんは、割れた壺の残骸をブルブルと震えながら指さしていた。

「ニャ…ニャニャニャニャンコ……!それ、国家予算並みの価値があるのよ!?」

えっ、国家予算並み!?
それってかなり凄い大金じゃないか!
私はさーっと青ざめた。ど、どうしよう…そうだ、チート能力で直せば!

「にゃっ――『割れたこの壺は元通りになる』にゃっ!!!」

呪文が働き、時間を巻き直すようにみるみる内に元の形に戻った壺。

「ニャンコ……もしかして………」

「……そうにゃ。わたちのマホウはジユウジザイなのにゃ――いにゃ、それよりも!早く王国に行かなきゃいけないにゃっ!」

私の指摘にはっと我に返った冒険者達。
そこへスカーレットさんが声を掛けた。

「皆さん、急ぐことでしょう。この魔王スカーレット=エクトマ=レトナークは人間の王国イシュラエアとの友諠を結ぶ事を望みます。王国の危機に向かうあなた方に、ニャンコと契約したドラゴンを一匹お貸ししましょう。本当はドラゴン部隊をお貸ししたかったのですが、それは反対にあなた方への疑惑を招き、また魔族と人間との戦争になりかねませんから。」

凛としてスカーレットさんが宣言する。

「スカーレットさん――いや、魔王陛下。それで十分です。ご厚意、ありがとうございます。」

人間側を代表して、ライオット達は席を立つと膝をついて頭を垂れ、謝意を示した。
ドラゴンに乗れば、いち早く転移可能ポイントまでたどり着き、王国に帰還出来る――それにドラゴンが一匹居れば戦力差も簡単に覆るだろう。

しかしドラゴンが居ても戦に向かうのだ。
戦は戦である――いつ死ぬか、分からない。
最後の晩餐かも知れない食事。
皆、味わって食べているようだった。

朝食の後、慌ただしく出発の用意をする。
昼前には私達は空の上を飛んでいた。

大気を翼が切り裂く――ドラゴンは速い。
魔素が薄めの空の高い場所を、シルフィードに風を和らげて貰いながらの飛行。
速度を上げるために魔法を掛けたのもあって、私達は来た道を一日で越えた。
グンマ―ルの広大な森を越えると、大地がボコボコとぬかるんでいるのが見える。
ノームが転移の渦を作ってくれているのだ。

"大神殿の結界の外、中庭に出るようにしてますじゃー!"

"応!ニャンコ、我らは直接神殿の地に出る――行くぞ!"

ノームが叫び、ジュゲムが吼える。
私達はドラゴンごと転移の泥へと飛び込んで行った。


***


イシュラエア王国王都サーディア。

イシュラエア王はギュンター公爵のクーデターによって王宮を追われ、大神殿に逃げ込んでいた。
大神殿は公爵の私兵ですっかり包囲されている。
また、王都の門はすべて閉ざされていた。
異変を察して諸侯が動いてくれればいいのだが、何時まで保つか。

「私が諸侯に知らせましょう。ここから一番近く軍を動かせるのはマニュエル=ド=ヴェンネルヴィク伯爵様ですね。」

不安に苛まれる王族達にエアルベスが申し出る。
イシュラエア王は彼女に対して自分の行いを恥じた。しかし今更恥じても今の自分には罪滅ぼしすら出来ないかも知れない。
書簡をしたため、瓶に詰めて栓をする。エアルベスが水の精霊にそれを委ねた。

「しかし私の今の力では、頑張っても百数十人の兵士を運ぶのが限度かも知れません…。」

力なく言うエアルベス。
味方を増やしたとて、一日にそれだけしか増やせない。
しかも包囲されている現状。味方になってくれる貴族から水を介して補給物資を貰うにも、準備というものがあるだろう。
数百人分の物資。それに兵士も運ばなければならない。

「――せめて、今一人移動術を使える精霊使いが居れば。」

脳裏に地の精霊使いティリオンを思い浮かべながら思う。
彼女にとって心懸かりはまだある。
愛するケット・シー達だ。いよいよとなったら命を削ってでも力を振り絞ってここから逃がさなくては。
しかし逃がすにしても、身分上先ずは王を優先させなければならない。

「エアルベスしゃん…」

一人のケット・シーが心配そうに彼女の裾を引いた。
それに笑顔を作って見せながら、エアルベスは心の中で血を吐くような想いで光の神に祈る。

一刻も早く、援軍が届きますように――。

2015年5月15日金曜日

75にゃん

「ニャンコ、一緒に寝ましょう。」

スカーレットさんがやけに笑顔でそう言ってきた。

「にゃー……わかったにゃっ!」

私は魔王様のベッドがどんなものか知りたいのもあって、一緒に寝る事にする。
赤いカーペットの敷かれた長い廊下を歩いた先、重厚な扉。
案内されたそこはスカーレットさんのお部屋である。

歴史を感じさせるような軋みを上げて開かれたそこは、実にゴージャスなものだった。
内装は地球で言うなら中東風の王族の部屋である。

細かな刺繍の施された円筒形のクッションがたくさん置いてある、低くゆったりしたソファ。
床には複雑に織られた美しいカーペットが敷かれ、壁一面モザイクが幾何学模様を描いている。
高い天井にもモザイクがあり、ガラス細工の巨大なシャンデリアが下がっている。

そして、ベッドが凄かった!
流石、魔王様のベッドだ。
憧れの天蓋付き。
4、5人は寝れそうな大きく非常に豪華なものである。

「スカーレットしゃん、転がってもいいかにゃ?」

目を輝かせながら振り返って訊くと、スカーレットさんは笑顔で頷いた。
部屋に控えている侍女の方は私のはしゃぎようがおかしかったのか口に手を当てている。

同意も得たことだし、私はベッドにえいっとダイブした。
ぼふん、と柔らか過ぎる布団に体が沈む。
ゴロゴロした後、頭の上を布団側につけるようにし、お腹を見せる体勢になる。
動物がよくやるあの姿勢だ。
視界は天地逆に見えるが、この恰好はなかなか心地良い。

「ぐふっ……もうダメ!耐えられないわ!」

スカーレットさんはベッドの傍にタタッと走り寄ってくると、私のお腹に顔をうずめてすりすりグリグリした。

「ああああああ、気持ちがいいいいいいっ!!!!しかも、洗い立てだから凄くいい匂いいいいいいいっ――病みつきになっちゃう!ニャンコ、私と一緒に暮らさないかしら?」

そんな事を言いながら私の毛に沈む彼女は、あの時のクマルと同じ表情をしている。
ケット・シーという種族は昔からこうして様々な人をそのモフモフで狂わせて来たのだろうな。

そしてここにまた一人――モフモフの魅力に陥落した。

モフられる事にいい加減慣れてきた私はそんなことを思った。
それから折に触れ、「魔王様だけずるいですわ」と側近や侍女のお姉さんたちにもモフられる事になる。

魔族もエルフと同じく美形が多い。スタイルも抜群だ!
美人揃いのお姉さんに囲まれているこの状況は何というハーレム状態!
私はチートだから、これぞチーレムというやつである。
上品な香水でもつけているのか、かすかに花のような良い香りもする。

モフられがてら同じ香水らしきものを使ってブラッシングもしてもらっていたから、私もいい匂いになって毛並みはつやつやになったのは良かったと思う。


***


魔族の街を観光したりして、旅の疲れもすっかり癒えた数日後。
和やかな会話の飛び交う朝食の席でそれは起こった。

"――ニャンコ、大変ですわ!!!ギュンター公爵がイシュラエア王に対して反乱を企てましたの!!!ギュンター公爵の私兵が王宮を包囲し、イシュラエア王は抜け道を利用して大神殿まで逃れましたけど時間の問題ですわ!!!"

「――何ですって!?」

「に゛ゃああああああああああっ!!!?」

鈴から飛び出してきて王国の危機を叫んだウンディーネ。
同時に声を上げたスカーレットさんと私にライオット達は怪訝な表情を見せる。
しかし私達が矢継ぎ早に事情を話すと顔を険しくした。

「――それが本当なら、こうしちゃいられない!代々王家に仕えてきたコルト家の者として王を、ひいては王国の民を守らなければ!」

「ライオット、私も力を貸すわ!」

しかしライオットは良い顔ををしなかった。そりゃそうだろう。
好きな女性を危険な目に遭わせたい男なんていない。

「待て、スィル。これはエルフには関係ない事だ。ましてやエルフの姫、人間の王国の争いに巻き込まれるなど、許されるはずがない。」

「そんな事は関係ないわ!私はずっとずっと、ライオットと一緒にいるって決めたんだから!」

否を唱えたライオット。スィルは涙声で叫ぶように言った。
そこで私はじわじわと事態の重さを感じ取る。
スィルの悲痛な声に賛同する者が現れた。

「そうですよ。その気持ちを無下にしてはいけません。私達もライオットに着いて行くと決めたんですから。一人で死地には行かせられませんよ。」

「私も皆と同じ気持ちです。それに、大神殿の危機――何としてでもお助けしなければ!」

「気が乗らんが俺も付き合ってやろう――転移の術は便利だろう?」

「二人とも…それにティリオンまで……」

サミュエルとマリーシャ、ティリオンの温かい言葉。
ライオットはありがとう、と小さい声で呟いた。
よし、私も!

「にゃっ、わたちも行くにゃっ!」

「「「「ニャンコはダメ」」」」

勢いよく立候補すると一斉に否定された。

えー。なんでー?

「ニャンコ!ダメよ、ニャンコは戦えないじゃない!」

スィルが柳眉を吊り上げて怒る様に言う。しかし私は引かないぞ。

「戦えるにゃっ、食中毒魔法があるにゃっ!」

「流石にニャンコはダメだ!――ニャンコ、良い子だから此処に居てくれ。これは戦争なんだ、これまでのように魔物を相手にするのとは訳が違う。人が残酷に死んでいくんだぞ。俺達だって生きて帰って来れるかどうか、分からない。」

「たとえ大きな魔法を使えたとしても、ニャンコみたいな子は残酷な戦場では心が壊れてしまうでしょう。お願いですから安全な場所にいてくれませんか……?」

ライオットとサミュエルの言葉に私はぐっと言葉を飲み込んだ。
確かにそうだ。悲惨な戦場なんて見た事ない。
私はチート能力を貰ったけど、そういうのには慣れていない。

けれど。

スカーレットさん達にティリオンは黙って成り行きを見守っていた。
私はそろそろ潮時か、と思う。

「確かにわたちはザンコクな戦争を知らないにゃ。ザンコクさに心が壊れてしまうかも知れないにゃ。でも――」

私は言葉を切った。
心臓がドクリ、と跳ねる。

「わたちは……わたちは皆がいなくなっちゃうのがもっとイヤにゃ!皆と一緒に居て、色々なところをボウケンしたりしたいのにゃ!どうせいつか死ぬんなら、皆と一緒がいいにゃっ!保護区の時のように一人ぼっちで置いてかれるのはもうイヤにゃ!だまってたけど、わたちは…ホントウはすごいチカラがあるのにゃっ!あの世界樹の地下洞窟にいたドラゴンのジュゲムだって、わたちとシュジュウケイヤクしているのにゃっ!」

2015年5月14日木曜日

74にゃん

「………生きてる?」

ライオットが目を瞬かせる。
スィルは茫然としていた。

「まさか、そんな…」

「誓約の証の魔石が透明になっています――これは、誓約が果たされた事の証左でしょう。しかしこんな事で……。」

サミュエルが指先に透明な水晶の細石みたいなものを懐から摘まんで出した。
あれが魔石のなれの果てなのだろう。

「ニャンコのお蔭で、もう私達は争う必要はないのですね…。」

マリーシャが感極まったように涙ぐんでいる。誓約の魔石の存在は、ずっと彼女の心痛だったのだろう。
私のお腹がもぞもぞする。
スカーレットさんが小刻みに震えていた。

「くっくっくっ――」

「にゃっ――苦しいのかにゃっ!?」

慌てて飛び退くと、スカーレットさんはとうとう耐え切れなくなったのか大笑いをしだした。

「まさかこんな事で古代文明の秘宝の力がキャンセルされるとはね!――参ったわ、魔王スカーレットはニャンコに倒されてしまったのね!」

言って、起き上る。
そして真面目な表情になると、彼女は冒険者達に向き直る。

「ドラゴン奪還の際にニャンコをはじめ、あなた方から受けた恩義に報いたいわ。魔族の王として我が国に歓迎いたします。」

魔王スカーレットはそう言って、優雅な一礼をした。

「ドラゴン奪還?」

サミュエルの疑問にスカーレットさんが赫赫云々と説明し、皆やっと真実を知る。

「まさか、ドラゴンが魔族の国の保護対象だったなんて……。それなら確かに盗まれれば問題だよな。」

ライオットが納得したように腕を組んだ。

「それでは、皆さん。分かれてドラゴンにお乗りください。」

ジュゲムが居たので私は注意を引くべく地面を跳ねる。
彼にはスカーレットさんが乗ってきたようだ。

「ジュゲム、久しぶりにゃっ!」

ぴょんぴょん、としながら再会を喜ぶと、ジュゲムは喉を鳴らす。

"無事に生きて故郷に帰れたのはニャンコのお蔭だ。本当に感謝する。ニャンコは我に乗ってくれ。"

「わかったにゃっ!スカーレットしゃん、わたちはこのドラゴンしゃんに乗りたいにゃっ!」

「あら、ニャンコ。そのドラゴンが世界樹の畑の地下にいた個体だと分かるのね?」

スカーレットさんが感心しながら私を持ち上げて前に乗せてくれた。
大きな棘を抱き込むようにしてしがみつく。
スカーレットさんが後ろから支えてくれた。
周囲を見ると、冒険者達もめいめいドラゴンに乗せてもらっている。
そうして私達は大河トーネを一足飛びに渡った。


***


トーネを渡りきり、草原から岩山へと風景が変化し――辿り着いた先の魔族の国はさながら中東のようなオリエンタルな街並みを呈していた。

「こんな風に街があるなんて。」

周囲の空気は非常に乾燥している。
成程、これでサラマンダーがのびのびと暮らせる訳だ。

城をはじめ、建物がある場所全体は結界に覆われていて、外界からの転移等を妨げる古の魔法陣が組み込まれているらしい。
そうでない場所でも水が無かったり砂地で乾燥しすぎていたりして、転移は出来なくなっているようだと鈴を介して伝わって来た。
転移を使うには、ドラゴンに乗って街の外まで行かなければならないようだ。
ウンディーネ曰く、

"大河トーネの少し下流の魔素が薄くなった所からなら、何とか転移出来そうですわ。"

との事だ。それなら帰りは一瞬で済むかも知れない。

ドラゴン達は街の上空を旋回しながらゆっくりと一つの大きな建築物へ向かっていく。
さながらタージマハルのような印象を受ける玉ねぎ屋根の豪華なものだ。

「ニャンコ、魔王城よ。」

案の定、魔王城だったようだ。
城以上に広い庭園があり、その一部が大きな広場になっている。
ドラゴン達はそこへ向かい、降り立った。

ドラゴンを下してもらうと、スカーレットさんが鮮やかな笑みを浮かべる。

「ようこそ魔王城へ――風呂を用意してあります。旅の疲れをまずは癒してください。」

私はスカーレットさんに着いて行こうとして――失敗した。スィルである。

「ニャンコもお風呂に入るのよ!」

「イヤにゃああああああ――ッ!!!」

引きずられるようにしてドナドナされていく私。
スカーレットさん達は良い笑顔で手を振っていた。

一時間程の苦行が終わり、お食事を、と案内された先。
目の前のテーブルに所狭しと料理が並べられ、大変豪華な食卓である。
料理に舌鼓を打つ。
エスニックな味わいですごく美味しい。
お風呂にお食事で至れり尽くせり、大歓迎である。

「――では、魔族とは言われているように邪悪な存在ではない、と?」

サミュエルがスカーレットさんに魔族の事を訊いていた。
知的好奇心からか、色々な事を質問しているサミュエルに、スカーレットさんは嫌な顔一つせず応対している。

「そうですわ。私達もグンマ―ルの住人も、魔素の多いところで暮らしてきた種族なので能力もそれだけ強大になり、一方的に恐れられているだけです。」

「例えるなら剣を持った人間を、持ってない人間が相手の人格をあれこれ勝手に想像し、無条件に恐れるようなもので御座います。」

ヒュペルト様と一緒に居たマリーシャさんの侍女が、水位を下げたコップにワインを注ぎながら答えてくれた。
強大な力を持っていても、その人格が普通であれば無闇に恐れる必要はない――そんな当たり前の道理を教えてくれる。

「なるほど、確かに。私達魔術師も普通の人間からすればどことなく得体が知れなかったり呪文で人を傷つける能力と可能性があるだけで恐れられ、忌まれるべき存在ですから……。」

「魔族と人間は、まるで大人を子供が恐れるようなものだったのですね…。」

「あ、その例え分かりやすいわ。」

「力の差がありすぎるから人間は魔族を恐れ邪悪とする、か……。」

サミュエルが納得し、マリーシャとスィルが頷く。ライオットは何やら考え込んでいた。
全員のわだかまりが解けたところで、

「魔王城ではゆっくり過ごして下さい。街の観光もどうぞ、帰られる時はお土産もありますからお持ちくださいね。」

とスカーレットさん。
私達はお言葉に甘えてしばらく魔王城に滞在することにした。

2015年5月12日火曜日

73にゃん

大河トーネ。

いつかドキュメンタリーテレビで見た、黄河とか長江とかを思い出す。
これは対岸まで渡るには筏とかじゃ無理だよね。
そんな事を思いながら悠久の時間を流れてきたのであろう水面を見つめていると、

「――何だ、あれは?」

ティリオンがいち早く気付いた。
視線を向けると、黒い点がいくつか対岸の空に浮かんで――いや、飛んでいる。
しばらく見ていると、次第にその姿がはっきりとしてきた。

「ド、ドラゴン!!ここに向かってないか!?」

ライオットが驚愕と恐れの声を上げる。
無理もない、世界樹の畑で一匹見ているから――それが何匹も、となれば。

「どこか、身を隠せるような場所はないのでしょうか!」

「皆、あの岩の影に!」

うろたえるマリーシャにスィルがいち早く空からの死角と思われる場所を指さす。
周囲が柔らかい苔や草で覆われている中、そこだけは成程、巨大な岩が斜めにせり出すようになっている。
その下に潜り込めば空からは見えなくなるだろう。
彼らは慌てて岩の下に逃げ込んだ。

「――ニャンコ!」

逃げる必要はない、とぼーっと突っ立ってドラゴンを見つめる私。
サミュエルが慌てて腕を引っ張って岩の下に引きずり込む。
しかしこちらにはサラマンダーがいるし、隠れてもどこに居るか分かると思うけどなぁ。
心配そうな皆を安心させるためにも私は口を開いた。

「大丈夫にゃ。スカーレットしゃんはいい人だから、迎えに来てくれたのにゃ。」

「――え?」

丁度その時、ドラゴン達が着地したのだろう、風圧と振動が次々と私達を襲う。
ライオットが剣に手をかけ、スィルが弓をいつでも打てるように構えた。

私はというと、サミュエルの傍で地面に這いつくばって、ドラゴンに乗っていた魔族達を岩の影からそっと伺う――あれー?

「にゃっ――スカーレットしゃん!!」

私はがばりと起き上った。
かつてヒュペルト様に雇われていた面々と、スカーレットさんが直々に来てくれたようだ。


***


慌てたサミュエルに口を押えられる。

「――ニャンコ、そこに居るのかしら。」

魔族のスカーレットさんがこちらを伺うように声を掛けてきた。

「まさか、魔王直々に来るとはな。」

ティリオンが呟く。
冒険者達の緊張が高まり、殺気も――

え?
殺気?

私はもがいてサミュエルの腕を慌てて外した。

「皆、どうしたのにゃ!?スカーレットしゃんと戦う気かにゃ!?」

「ニャンコ――私達は王の前で誓約の魔道具で誓わされたのです。ニャンコを魔族の国に連れていくこのメンバーで魔王を倒し、王国に平和をもたらす、と。」

「セイヤクのマドウグ?」

「古代から王家に伝わる遺産よ――もし誓約を違えれば、私達四人は全員死ぬことになるわ。」

「にゃっ!?」

なんだってええええええっ!!!!?

「しょんなのダメにゃっ!!」

「ダメでもやるしかないんだ、ニャンコ。まさか魔王がいきなり出てくるとは思わなかったが……。」

糞、と悪態をつくライオット。

「その魔道具を以て誓約させるように仕向けたのは恐らく公爵だろう。」

「……ええ、その通りです。民衆の前で、私達は逆らう訳には行かず…。ニャンコを悲しませたくなくて、打ち明ける訳にもいかなかったのです。」

ティリオンの推測にマリーシャが項垂れた。
よし、公爵は帰ったらコロス。
しかし今は例の誓約をどうするかだ。

"ニャンコ、誓約をした証明として黒い魔石が渡されてたのー。もし誓約を果たせば魔石は透明になって砕け、違えればそのまま砕け散って命を奪う、そういうものらしいわー。"

精霊がスカーレットさんにこそこそと交わされる会話の内容を実況しているのだろう、彼女は黙り込んでこちらの成り行きを見守っているようだった。

「みんにゃ、要は魔王を倒せばいいのかにゃ?わたちが倒しても大丈夫なのかにゃ?」

「ニャンコ、何を」

する気、とマリーシャさんの言葉が言い終わらない内に私は冒険者達の脇を驚異的なスピードですり抜け、一直線にスカーレットさんに駆け出した。

「きゃあっ!?」

そのままの勢いで、岩から少し離れたところに立っていた彼女に飛び込む。
私のお腹がスカーレットさんの顔面を覆った瞬間、私達は柔らかい苔のベッドにコローンと倒れ込んだ!


しーん。


しばらく、沈黙が周辺を支配する。
私は上半身を起き上らせるとくるりと冒険者達を振り返った。

「……見たかにゃ?わたちが魔王スカーレットをたった今、倒したのにゃっ!」

そう叫んだ瞬間。
誓約の証の魔石が砕けたのだろう、パン!という音が耳を打った。

2015年5月11日月曜日

72にゃん

魔狼をじっと見つめていると、ある瞬間にこちらに向かって駆けだした。
私が食中毒にした魔狼を中心に、群れは左右に分かれ展開する。

――囲むつもりなんだろうなぁ。

一点の影がみるみる内に近くなっていく。
その時、ティリオンが魔狼に気付いた。

「まずい、魔狼だ!――サミュエル、天に火球を投げてライオット達に知らせろ!」

だが、そうしている間にも魔狼は疾駆してくる。
サミュエルが打ち上げた火球にライオット達が気付いて戻って来た頃にはもう、私達はすっかり魔狼の群れに包囲されていた。

魔狼の唸り声が周囲から響く。

「チッ――人が腹ごなししようって時に!」

剣を抜いて構えたライオットが舌打ちをした。
スィルは樹上に居て魔狼のボスに弓の照準を合わせている。
マリーシャと私はサミュエルとティリオンの背後に庇われていた。

「――奇妙だな。囲んで唸っている割には殺気がない。あるとすればボスと思われるあいつぐらいだ。」

ティリオンが独り言ちる。
確かに魔狼のボスはティリオン一人を睨んでいるようだった。
サミュエルもダークエルフの疑問に同意する。

「確かにおかしいですね。これだけ数で差があればすぐ襲ってきても良さそうなものなのに。」

"あの魔狼のボスはかつて愛し子に捕まって恨みを持ってますじゃー。"

ノームの言葉に私は合点がいった。
恐らく魔狼のボスは恨んでいたティリオンを見つけて復讐せんと包囲したは良いけれど、私のかけた魔法効果のせいか、気が削がれて戸惑っているんだろう。
それでもティリオンを睨んでいる辺り、魔法効果に必死で抵抗していると思われる。

さて、どうするか。

少し考えて――良い事を思いついた。
そうだ、魔狼を私が従わせればいいんだ。幸い食中毒魔法は皆の公認である。

私は魔狼のボスの前に進み出た。
「ニャンコ、危ない、」と止めようとする冒険者達に「ここはわたちにまかせてちょーらいにゃっ!」と、肉球で制する。
そしてかつて食中毒に遭わせた魔狼のボスと目を合わせた。
ま…まさか、とティリオンの呟く声が聞こえるが、もう誰にも止められないんだ。

心を鬼にしろ、私!


「『半径100m以内の魔狼は食中毒になる』にゃ。」


キャンキャンキャン!!
キューンキューン…ゴフッ―――ゴブフアアアアアアアッッ、グボエエエエエッッ!!!!!

一瞬の後。

魔狼達は一斉に嘔吐して苦しみだした!


***


魔狼の背に乗って、びゅんびゅんと風を切りながら大地を疾駆する。
私とティリオンがボスに乗って先頭を走り、冒険者達はそれぞれライオットとサミュエル、スィルとマリーシャ組に分かれていた。
魔狼を手懐けてからというもの、格段に進むスピードが速くなっている。

大雪山ア・クァギも魔狼が抜け道を知っており、比較的あっさりと大河トーネに出る事が出来た。
トーネの岸に着いてから魔狼に礼を言って別れる。
魔狼はやっと解放されたとばかりにあっという間に居なくなっていた。

冒険者達は魔狼の消えた先を、生暖かい目で見送っている。
ライオットが「ありがとう、魔狼…。お前とは戦ったこともあったけど、幸せに生きろよ…」と呟いた。
かつて食われそうになった筈のマリーシャも、光の神イーラに魔狼の幸福を願って祈りを捧げている。

魔狼に食中毒魔法をかけた後。

「『魔狼の食中毒は治る』にゃ。」

と一旦治してあげる。
ピタッと嘔吐が止まった魔狼のボスに、

「わたちたちを乗せて大河トーネまで連れてってちょーらいにゃっ!」

と言うと、ボスは私を睨み付けてきた。
周囲の群れの視線も私一人に注がれる。
毛がちょっとだけぶわってする。殺意混じってるよね、これ。

「にゃっ、通じないのかにゃー?」

"ボスは人間の言葉もある程度分かっておりますですじゃー。ただ、魔狼は自分より強い生き物でないと使役はされないから、怒ってるんですじゃー。"

ボスが歯を剥き出しにして、私に飛びかかろうと身を低くした。

「『半径100m以内の魔狼は食中毒になる』にゃ。」

魔狼達は再び食中毒に罹り、阿鼻叫喚の様相となる。
私は心をいよいよ鬼にして、反抗的な気配が無くなるまで何度か食中毒と治癒を繰り返してやった。

その結果――全ての魔狼は私に対して怯えの色を目に浮かべ、寝転がってこちらに腹を見せるようにさえなったのである!

「ニャ、ニャンコ…」

後ろから恐る恐る声がかけられる。ヤバイ、やりすぎたかな?

「――魔狼しゃん達が、大河トーネまでちゅれてってくれるっちゅってるにゃー!」

当社比1.5倍くらいで目をキラキラさせ、両手を頬に当て小首を傾げ、かわいらしい表情を作って冒険者達を振り返ると、全員白目を剥いていた。

「ニャンコ――恐ろしい子!」

スィルが某演劇漫画のセリフを言う。えー。
私は猫を被ってはいるが、千の仮面なんて持ってないぞ――うん、我ながら上手い事を言ったものだ。

「それがどうなのにゃ?――探ちても探ちてもウマがみちゅからなければ、ウマをちゅくればいいのにゃ!」

人がただ一度の人生しか生きられないのに比べて、転生できた私はなんと贅沢でなんとすばらしいことか!

2015年5月10日日曜日

71にゃん

クマルと別れて数日。

私達は大草原の真っ只中を、大河トーネの支流と思われる川伝いに歩いていた。
見かける魔物はどれもこれも、A級やS級の恐ろしいものばかりだそうだ。
それらは基本襲ってこないが、ライオット達は自分達の気配をなるべく消して刺激しないように進んでいる。

「――この草原の魔物は人間を見慣れていないおかげか、襲って来ないから助かったわ。」

川でスィルが射った鳥を処理しながら言った。
スィルの上流側で、マリーシャがクマルに教えてもらって採取した香草を洗いながらそうですねと相槌を打つ。

「人間を気味悪いものと思っているのかも知れませんね。そう思われている内に草原を抜けてしまいたいものですが……」

彼女らの会話を聞いていたライオットが手を目の上にかざし、未だ遠い大雪山を見て嘆息する。

「せめて、馬がいればなぁ……」

「しかし不思議なものですね。グンマ―ルに入ってから、力が増していると思いませんか?先程火を灯す術を使ったのですが、思ったより大きく出たのですよ。私が加減を間違えたのかと思いましたが、先ほど試し打ちをしてみたら、いつもより確かに強くなっていました。気のせいではなかったようです。」

サミュエルの言葉に、ティリオンが「お前もか…」と目を見開く。

「俺もいつもより疲れにくい気がしている――グンマ―ルの住人の強さの秘密は土地にあるのではと思うのだが。」

「ええ、私も同じことを考えていました。興味深いですね。ところで地の精霊はどうでしょうか。」

サミュエルの問いに、ティリオンは宙を見つめる。
力が使えるかどうか探っているようだ。

「ン……少しは使えるかも知れない。」

「それって、森を離れたからか?」

少し表情を明るくしたライオットにティリオンは首を振る。

「分からない。だが、森に居た頃よりマシになってる。」

「なら、このまま進んで行けばまた使えるようになって一足飛びに行けるかも知れないな!」

楽観的な言葉にダークエルフは大雪山を見つめた。

「……だといいが。」

薪が組まれ、料理の準備が行われた後、ライオットはスィルにも精霊術が使えるかどうか確認しに行った。
どうでも良いが、クスァーツを出てから何日も経つのに誰もヒュペルト様の事に触れようとしないのは何故なのか。
その事実に戦慄しながら、私も鈴に語り掛けてみる。
精霊王達は石を通じて飛び出してみて、状態を確認し、教えてくれた。
精霊石って便利だな。ただ、全てを飛び越えて移動出来るのは精霊のみらしいというのが唯一の難点だ。

"大分マシになったわー!森でないから、魔素が分散されるみたいよー。"

"ちょっとは楽になりましたですじゃー。"

"もう少し楽になれば転移も使えそうですわよ。"

"俺が転移使えりゃーなぁ。まぁスカーレットは迎えを寄越すって言ってるからちゃんと迎えてもらった方が良いだろうよ。"
あの森が一番魔素が濃い場所ってことか。で、離れれば離れる程また魔素が薄くなっていくと。
精霊達を心配していたが、外に出れるくらいにまで環境が変化したのは喜ばしい事だと思う。

と。

首の後ろがチリチリする。
誰かに見られている気がして、私はそちらを見つめた。
良く見えなかったので、鷹の目の能力を使えるように呪文を唱える。
すると、草原に点在する灌木や茂みを縫うようにして、かつて見た魔物――魔狼が群れをなしてゆっくりとこちらに歩いて来るのが見えた。

"ニャンコ。先頭に居るあれ、以前ニャンコが食中毒にした魔狼よー。"

「にゃっ!?」

えええ、マジで!?
衝撃の再会――てか、全部同じに見えるんだけど!
シルフィード、よく個体識別出来るよね!


***


魔狼のボスは逡巡していた。
あれは、間違いなく自分を襲ったダークエルフである。傍には襲うように仕向けられた人間の女も居た。

遠目に見た瞬間、記憶がフラッシュバックする。
激昂のあまり一気に襲い掛かろうとしたのだが――近づくにつれ、襲う気が無くなっていくのに気付いた。
その事に戸惑いを覚える。何故なのだろうか。
ナンバーツーに確認すると、同じように戦意を失ってきている、との事である。

――いや、もしかしたら。
自分にそうさせるような変な力が働いているのかも知れない。

魔狼のボスはそう判断すると、襲う気を無くしていく心を叱咤しながら群れに号令を下した。
とりあえず近くまで行く。多勢に無勢、奴らは逃げられないだろう。

逃がすまいとダークエルフに視線を向け続けていると、白い小さな生き物がこちらを真直ぐ見つめていた。

まさか、自分達の存在に気付いているのか?
こんなに遠く離れていて、ダークエルフや人間達は気付いていないようなのに?

その時、魔狼のボスはその白い生き物に無意識下で恐れを覚えた。




*おまけ*
 
一方、クスァーツでは――

「だ~か~ら~、あいつらが行ったって方向に連れてって欲しいんだけど~!」

あれからヒュペルト様は何とか酋長からニャンコ達が行った方向を聞き出していた。
しかし一人で行くのは森の魔物に瞬殺されてしまう。
魔蛇に襲われかけた時の事を思い出し、ぶるりと身を震わせた。
何とかレアズに連れて行って貰わないと、と村の外れに作業に向かう彼女に付き纏っている。

「ダメ、ゼッタイ。ヒュペルト、レアズノムコ。」

しかしレアズはヒュペルト様を大事に思うあまり同意してくれない。

「レアズは僕の妻なんだろ~?なら、僕に従うべきじゃないのかい~?」

ヒュペルト様は食い下がる。何せ、父に言われているのだ。
あのケット・シー、ニャンコを殺して鈴を奪えば神や精霊を従えられ、王国ばかりか世界をも征服出来ると!
そしたら自分は世界中の美女を侍らすのである。
その野望をこんなところで潰えさせる訳には――

――ズパンッ!
メリメリメリ…ドスーン!

ヒュペルト様は目の前で起きた現象に目を疑った。
レアズが、手刀で、目にも止まらぬ速さで、大木をへし折ったのである!

「ヒュペルト、キコエナイ、ナニカイッタカ?」

「……ナ、ナンデモナイサ~。」

思わず片言発音になったヒュペルト様。
妻だと甘い言葉を吐き、レアズを従えさせ利用するのが相当危険な事だと今更ながらに気付いたのである!

2015年5月9日土曜日

70にゃん

次の日の朝早く、私達はクスァーツ族の集落を旅立った――未だぐっすり眠っているヒュペルトを残して。
新婚さんを邪魔してはいけない。
魔族の国へ行くのに、途中までクマルが送ってくれることになった。

「"魔族の国に行く前に、難所がある。大雪山ア・クァギと大河トーネだ。それを越えさえすれば魔族の国は近い。"」

クマルは棒で地面に地図らしきものを描きながら説明してくれる。

「"ここが大雪山(ア・クァギ)、そしてしばらく行くと大河トーネ。トーネを渡ったところが魔族の国だ。雪山と大河がグンマ―ルと魔王の国を隔てている。私はア・クァギから流れているワー・タラセー川まで送ろう。ここまでくればア・クァギはどこからでも見れる事になるから迷わない。"」

「雪山か…相当高く険しいんだろうな。それに大河…どうやって渡るか。」

通訳すると、ライオットの言葉に皆考え込む。
どうすればいいのか、いい案がないのかクマルにも訊いてみた。

「"ア・クァギは直接越えるのではなく迂回するように行けば少し時間はかかるが問題ないはずだ。問題は、トーネだろう。泳いで渡れぬ程大きな河だ。私も一度見た事はあるが、遠くに対岸がかすんで見えるんだ。雨季になると度々洪水を起こすから、河の民は移動して暮らす。今は雨季が終わった直後だから、誰もいないだろう。"」

河の民にも助けを求められない、つまりは八方塞がりである。
ライオット達に伝えると、ますます悩みだした。
いざとなったら私が魔法を使える事を明かすしかないかな、と覚悟をしかけていると…鈴からサラマンダーの声。

"大丈夫だ、ニャンコ。トーネの畔に来たらスカーレットが迎えを寄越してくれるってよ!"

ア・クァギまでは無理でも、トーネの対岸なら彼女の部下を差し向けてくれるらしい。
その言葉にほっとしつつもそれをライオットらに言う訳にもいかず。
結局冒険者達は、最悪上流まで回り込む覚悟をして、ひとまず行くだけ行ってみようという事になった。

「ココ、ワー・タラセー。アレ、ア・クァギ。クマル、ココマデ。」

ワー・タラセー川まで到着するのに、一週間かかった。そこは、森を抜けたところの草原になっていて、見通しが良い。
遠くに成程、日本アルプスみたいな山脈が鎮座しているのが見える。
道中、クマルが森の中を行く色々なノウハウ――食べられる物、毒性の植物や薬草、危険な生き物の知識等――を教えてくれた。
ライオット達も感動しながら未知の知識を吸収しており、最後にはクマルを尊敬すらし始めていた。
ワー・タラセー川にあった大木の丸太橋を渡ると、ここでお別れになる。

「"此処からは一本道だ。ア・クァギの、あの辺りを目指していくと谷になっている。そこなら何とか向こうへ抜けられるだろう。気を付けていけ。"」

しんみりしながらも私はそれを通訳した。
皆も寂しそうに頷くと、胸に手を当ててクマルに敬礼を取る。

「"クマル、たくさん、ありがとう!"」

感謝と尊敬の意を伝えるため、ライオット達は一緒にいる間に覚えたクスァーツ族の言葉でお礼を言った。
クマルは恥ずかしそうに微笑む。

「"クマルしゃん、ありがとうにゃ!"」

私もお礼を言うと、最後に抱きしめさせてくれ、と言われたので承諾した。
彼女の名誉の為に敢えて多くは語らないが、恍惚として私をフルモッフするクマルは傍から見て相当な危険人物であったようだ。

ワー・タラセーの水を汲み、沸かして水筒に詰めると出発である。
クマルと別れ、私達は遠くに見える大雪山ア・クァギを目指して歩き出した。



***



その魔狼は自由を満喫していた。

かつて人間の住む地域に叔母を訪ねるべく旅をしていた時、ダークエルフに捕まってしまった。
人間よりも遥かに強かった筈の自分が、である。
何故、と考え愕然とした。
そして、悟った――人間の土地は魔素が少なかったため、自分もまた弱体化していたのだ!
それに気が付いても後の祭り。それ以来、彼は妙な術で縛られて従わされ続けていた。
しかしそれも先日終わりを告げた。

あの時、人間の女子供達を襲うようにけしかけられた瞬間。
魔狼は生まれて初めての苦しみに襲われのたうち回った。
嘔吐と体の絶不調に苛まれ、死すらも覚悟したが――しかし気が付くと自身を縛っていた妙な術も解かれ、この生まれ故郷に帰って来ていたのだ!

――もう二度と人間の土地などへは行くまい。

魔狼はそう決意する。

そんな彼は帰って来て魔素が体に再び満ちると、即行群れのボスに収まった。
そして妻を作ったのだ。
故郷にいる魔物では、魔狼は個体ではそう強くはない。
だが、群れになると強者魔獅子すら倒す。そういう生き物だ。

魔素の豊富な平和な故郷で群れを作り子を育て、平和に死ぬ――それが何よりの幸せだと魔狼は思う。

今日も今日とて妻に捧げる獲物を探していると、群れのナンバーツーがやってきた。

"ボス、ニンゲン、タクサン、キタ。ダークエルフ、イル。"

伝えられた事に魔狼のボスは目を光らせる。

ダークエルフ。

自分を捕まえた奴ではないかも知れないが、許せるものではない。
この故郷では負けない――殺し、喰らい、恨みを晴らさせてもらう。

魔狼のボスは舌なめずりをしながら、ナンバーツーの先導に従って駆け出した。

*おまけ*

一方、グンマ―ルでは――

目が覚めては妻とさせられたレアズの顔をドアップにされて気絶を繰り返していたヒュペルト様。
流石に慣れて来て、気絶しなくなったのは良かったが、腹も減ってきて限界になった。
仕方なくプライドを捨てて芋を食べる事に。

「うう~、まずいよ~。」

べそをかきながら食べる。
腹がとりあえず膨れたら、冒険者達を探した。
酋長に聞いて初めて置いてけぼりにされていたことを悟って真っ青になる。

「あああ~、お、追いかけないと~!」

慌ててクスァ―ツ集落を出ようとした矢先にレアズに捕獲される。

「ムコ、ドコイク?」

「離せ~!僕は行かなきゃいけないんだ~!」

「ソトイク、ムコ、ヨワイ、シヌ。」

レアズの言葉に我に返って暴れるのを止めるヒュペルト様。

「……じゃあ連れてってよ~。」

気を取り直してレアズを護衛にしようと画策。
しかしそんなヒュペルト様の期待はあっさりと裏切られた!

「ムリ。ドコイク、シラナイ。」

「な、なんだって~!?」
 

2015年5月8日金曜日

69にゃん

ドンドコドコドコドン!ドンドコドコドコドン!

夜。
盛大な焚火が燃え上がる広場――仮面やボディペイント、飾りたてたクスァーツ族(仮にそう呼んでおこう)達が火を囲んで太鼓のリズムに合わせて踊っている。
目の前には葉っぱの包み焼きをした自然薯に焼いた魔蛇の肉が置かれている。
彼らの盛大な歓迎を私達は受けていた。

「"ニャンコ、はい、あーん。"」

芋虫がないのが幸いだと思いながら、私は隣に座っているクマルに食べさせてもらっていた。
彼女曰く、めんこいのに食べさせるのが楽しいそうだ。
自然薯は持ってきた砂糖を少量まぶされていて甘かった。
魔蛇は岩塩でもあるのか、意外とイケる味である。
ちなみに弟のハザラは仮面を付け、体を震わせながら踊りの真っ最中である。

マリーシャとスィルはペニスケースの男性達に困惑しているようだった。
ライオット、サミュエル両名はクスァーツ族の酋長と何やら会話していた。
その傍らにティリオンがいて、会話を聞いているのだろう、耳を動かしながら黙々と食事をしていた。
ティリオンの隣にはヒュペルト様。
彼はクスァーツ族とは馴れ合いたくないのか、体育座りをして顔を突っ伏していた。
彼だけが出された料理に手を付けていない。美味しいのにな。

ライオット達を見ていると、酋長が隣の者に指図をした。
すると、厳つい外見の女性が現れる。
少し気になって、会話を聞けるよう呪文を唱えた。

「オマエタチ、キニイッタ。ムスメノレアズ、マダ、ケッコン、ナイ。ドウダ?」

何ですとー!?


***


突然の結婚話にライオット達は硬直していた。
そりゃそうだ。人間の価値観で言えば美人ではない、むしろ男みたいな外見なんだもの。
断りたいんだろうなぁ……でも、酋長の娘だから下手な断り方は出来ないよね。

「"ニャンコ、何を見ている?――ああ、長の娘のレアズか。狩りの上手い、強い女だ。美人だし、結婚したい男は沢山いる。"」

私もどうやったら穏便に断れるかなと考えていると、クマルの言葉が耳に入ってきた。

え――美人?聞き間違いかな?

「"あの人、ビジンなのかにゃ?"」

「"ああ、ニャンコはそう思わないのか?"」

一瞬、沈黙が出来る。聞き間違いではなかったようだ。
私はとりあえず、正直に思ったことを彼女に告げる事にした。

「"クマルしゃんの方がずっとずっとビジンにゃ。"」

「"は?――ニャンコ、私をからかっているのか?"」

「"からかってなんかないにゃ。"」

言うと、クマルは腕を組んで考えだした。
ややあって、合点が言ったように口を開く。

「"そうか…グンマ―ルの外と内では美的感覚が違うのか。ニャンコ、グンマ―ルの女は美しく狩りが上手いやつがモテるんだ。私は不細工に生まれついたが、幸い狩りが上手いから、冗談でも結婚したいと言ってくれる男はいるんだ。ハザラは幸い美人な方で、家事も上手い。しかし身を守る手段は覚えさせないといけないから狩りも教えている。"」

グンマ―ルでは女が狩りをし、男が家事をする――そうクマルは言う。
その言葉は私を仰天させた――美醜価値観だけじゃなくて男女の役割も逆転ですがな。
という事は、人間的価値観で言うならクマルは仕事は出来るけど女みたいなナヨナヨ男で、あの酋長の娘は男らしいイケメンで仕事も出来るタイプなのか。
再び酋長に視線を戻して耳を澄ませる。
ライオット達はカタカタとロボットのような片言で必死に結婚話を断ろうとしていた。

「ライオット、ツマ、イル。ツマ、スィル。ツマ、ヒトリ、ブゾクノオキテ。ケッコン、ムリ。」

「サミュエルモ、ツマ、イル。ツマ、マリーシャ。ライオット、オナジブゾク。オキテ、アル。ケッコン、ムリ。」

二人が失礼のないように部族の掟を理由にして断ると、酋長はお食事中のティリオンに目を向ける。
ティリオンは一瞬喉に詰まらせ、少々咳き込むと、顔をブンブンと横に振った。

「ティリオン、ブゾクノオキテ。ケッコン、オナジブゾクダケ。ケッコン、ムリ!」

言って、ダークエルフは体育座りで突っ伏しているヒュペルト様を見る。

「ヒュペルト、チガウブゾク。ブゾクノオサノムスコ、エライ。ツマ、タクサンモテル、オキテ。ケッコン、イイ。」

サミュエルが水の意趣返しとばかりに婿にヒュペルト様を薦めた。
流石にそれは聞き捨てならなかったのだろう、ヒュペルト様は慌てた表情で顔を上げる。
私はすかさず呟いた。

「『ヒュペルトは結婚に同意する』にゃ。」

「な、何を言ってるんだい~?結婚するに決まってるじゃないか~!!?」

ヒュペルト様は慌てて口を挟むも、言ってしまった言葉にあっと口を押えた。
しかし口から出た言葉はもはや取り消せない。
サミュエルがそこはかとなく黒い笑顔を浮かべた。色々吹っ切れたのかも知れない。

「ヒュペルト、ドウイ。ヨロコブ。ケッコン、スル。」

「違う~、僕は…」

青ざめて首を振るヒュペルト様。
酋長はその目の前に立つと、じいぃ――っとかっぴらいた瞳で見つめる。

「な、何だい~?」

「――オンナ、ムコ、ノゾム。オトコ、ヨロコブ。フツウ、コトワル、ナイ。モシ、コトワル、オンナ、フシギナチカラ、アル。オトコ、コロス。」

「もし結婚を断れば不思議な力で死ぬらしいな。」

冷静にまとめるティリオン。
酋長の娘レアズは満面の喜色を浮かべると、丸太のような筋肉ムキムキの二の腕でヒュペルト様を抱き上げた。

「ぎゃあああああああっ――離せぇ、この野蛮ブスッ!」

悲鳴を上げるヒュペルト様にレアズはぶっちゅうう、とキスをかました。
ショック過ぎたのか、そのまま気絶してぐったりとしたヒュペルト様。
それを景品のように持ち上げて、皆に見せびらかしながらレアズはくるくると踊る。

「"やったぞ、美人を婿に貰った!しかも人間の部族の長の息子だ!"」

「"おめでとう、レアズ!"」

「"皆、騒げ、踊れ、歌え!今宵は酋長の娘レアズが美人の婿を取った日になったぞ!"」

部族の皆に口々に結婚を寿がれるレアズとヒュペルト様。

「俺達は、尊い犠牲を忘れない――」

「どうか幸せになってください…」

「達者で暮らせよ。」

うん、今日は実に目出度い日だ。
ライオット達はめいめい呟いて、彼らに向かって祈り続けた。

ふっ――計画通り?

2015年5月7日木曜日

68にゃん

「ニャンコ、言葉が分かるのですか?」

相手を刺激しないように、マリーシャが努めて穏やかな声で問う。
私はクマル達から目を離さないままでこくりと頷いた。

「マリーシャしゃん。この女の人はクマルしゃん、男の子はハザラしゃんというのにゃ。"クマルしゃん、わたちの仲間を紹介するにゃ。"」

そのまま全員を紹介していく。
そのおかげか、クマル達は警戒を解いてくれたようだ。

「"成程、トッツィグの奴らじゃないことはわかった。魔族の国に行くと言っていたな。結構距離があるぞ。獲物も手に入ったし、良ければ私達の集落で休んでいけ。"」

おお、お招きしてくれるのか。

「"クマルしゃん、ありがとうにゃ!"――みんな、クマルしゃんが集落にお招きしてくれるそうだにゃ!」

水をヒュペルト様に大分無駄にされたのも手伝って、サミュエルとマリーシャはほっとした表情である。

「これで事前に買っておいた品が役に立つな。」

ライオットが笑みを浮かべる。
他の面々も、グンマ―ルの住人と友好的に接することが出来て安堵しているようだった。

「"ハザラ、お前は後ろを持て。"」

「"分かった、ねーちゃん!"」

クマルは事切れた巨大な魔蛇に近づくと、ひょいっと持ち上げた。
ハザラもその後ろの方を軽々と持ち上げる。

ライオット達は呆気にとられていた。
それでも蛇の長い胴体の一部はずるずると地面を引きずる形でクマルが歩き出す。
私もそれに続こうと――あれ。

彼らが動かない?

クマルと私は冒険者達を振り返った。

「ドウシタ?イクゾ。」

「にゃ?みんな、行かないのかにゃ?」


***


慌てて再起動した彼らと共に歩き続けて20分ほどだろうか。
森が突然開け、明らかな道が出来てきた。
更に10分も経つと、集落が見えてくる。

「"あそこが私達の集落クスァーツだ。ようこそ、客人。"」

「"熱い水の湧く場所もあるよ!"」

クマルとハザラが言う。熱い水の湧く場所――温泉の事かな?
私はライオット達に通訳しながら少しウキウキしたが、今の自分がお風呂嫌いな生き物になっていることを思い出してすぐ落ち込んだ。

ズルズルと巨大な魔蛇を引きずっていくクマル達。
集落の中の住人が一気に群がってくる。

「"おお、大物ではないか、でかしたクマル!"」

「"旨そうだな!"」

「"クマル、おいらのお嫁さんになって欲しいな。"」

等と、老若男女が口ぐちに大漁を喜んだ。

「"あれ――トッツィグの奴らか!?クマル、こいつらは!!?"」

一人のゴリラのように厳つい女性がこちらに気付き、大きな石斧をこちらに構えた。
他の住人も武器を構えたり距離を取ったり――こちらを警戒の目で見つめる。

「"ああ、大丈夫だみんな。彼らはトッツィグじゃない。魔族の国へ行くそうだ。"」

「"めんこい生き物がいるよね、ニャンコっていって、言葉が分かるんだよ!"」

ご紹介に与った私はいつものように愛想を振りまいた。

「"はじめまちてにゃ、ニャンコですにゃ!"」

おお、めんこい!――住人が私を見て口ぐちに驚き、騒ぐ。
手を振ると振り返してくれた。

「ニャンコ、通訳してくれ。友好のためにお土産を持ってきたと。」

「"みなしゃん、わたちたちはみなしゃんとおともらちになりたいのにゃっ!お土産持ってきたのにゃー!"」

ライオットはタイミング良く買い揃えた物を取り出し差し出した。
その品々に集落の住人は警戒心を解く。悪い奴らじゃないようだな、等と言っていた。

と、人々が左右に割れる。
その中央から、一段とアクセサリーや動物の皮や羽で飾りたて、ごつごつした杖をついた皺々のおじいちゃんがよぼよぼと現れた。

「"…グンマ―ルの外からやってきた者たちが居ると聞いた……"」

酋長、長、等という単語が聞こえる。
どうやらここのボスのようだ。
おじいちゃんはお土産を検分すると、こちらを見据える。

「キャクジン、ミヤゲ、ウケトッタ。ワシラ、キャクジン、タスケル、アレバ、イエ。」

神聖な儀式をしているかの如く厳かに言う。
そして、お土産を指さして後で皆で分けるように、今夜は宴だと言い捨てて去って行った。

「"良かったな、長に認められたからお前達はもうクスァーツの者だ。"」

クマルが微笑む。
私がそれをライオット達に通訳すると、彼らは安堵の息を吐いた。

2015年5月6日水曜日

67にゃん

私は無言でヒュペルト様――正確には大蛇を指さす。
ヒュペルト様はん?と思ったようで後ろを振り返った。

「んっ―――ぎゃあああああああああああっ!!!!」

ヒュペルト様は水筒を放り出すと愉快な悲鳴を上げ、這う這うの体で逃げようとする。
巨大な蛇は強者の余裕を見せて鎌首をもたげ、ヒュペルト様に近づいた。

「たっ、助けてくれお前たちっ――金でも地位でも何でも欲しいものはやるから!!!」

おお、いつもの間延びした口調ではない。こんな話し方も出来たんだ…。
ヒュペルト様はすっかり余裕を失いべそをかきながら助けを求める。
サミュエルはマリーシャを背後に庇い、手に火球を生み出すと大蛇にぶつけた。
しかし大蛇は私の魔法が効いているのか、サミュエルが更に火球をぶつけ続けても私たちには目もくれない。
狙いはヒュペルト様のみである。
逃げられない獲物を嬲る様にじりじりと距離を詰めていた。

「――おい、何があった!!?」

ティリオンが真っ先に駆けつけてきた。
続いてスィルが樹の上から飛び降りて来る。大蛇を見ると「ひっ」と表情を引き攣らせた。

「魔蛇か…ここまでデカいのは俺も初めてだ。流石は未開の地という事か。」

丁度その時、ライオットが駆けつけた。
大蛇を見て一瞬戸惑ったものの、ハッとして剣をスラリと抜く。
まず石を拾うとこちらに注意を引くべく投げつけた。

しかし蛇の注意は私の魔法でこちらには向かない!

ライオットは舌打ちをすると、口を大きく開けた大蛇に向かって駆け出す。

「うおおおおおおお――」

怒号を上げて大蛇に切り掛かろうとした、その時。
ぶぉん、と大きなものが風を切るような音が聞こえ、それが大蛇の口の中に飛び込んでぐさりと突き刺さった。

「おおおおっ!!!!―――お?」

ライオットは突然の事に戸惑い、攻撃を停止する。
その頃にはもう、巨大な魔蛇は硬直したかと思うとドサリと地面に頭を落とした。
よく見ると、突き刺さっているのは丸太のような杭だった。瞬殺である。

「"ふふふ、今日は大御馳走。"」

「"流石クマルねーちゃん!狩り上手い!"」

聞きなれない言語に後ろを振り向くと、茂みの向こうから二つの人影が現れた。


***


現れたのは緑色の肌の美しい女性と少年?だった。
耳の先が尖っていて、口からはドラキュラみたいに発達した犬歯が出ている。
少年?とはてなマークがついたのは、彼が体の小ささの割には非常にごつごつとした厳つく不細工な外見だからである。

少年はほぼすっぽんぽんで、申し訳程度にペニスケースを着用していた。
手には細い槍を持っている。

反対に女性は長い髪の毛を細かく分けて三つ編みにして流し、粗い布を一枚体に巻き付けるようにして着ていた。
両者とも首にはカラフルなアクセサリーをじゃらじゃらさせ、幾何学的な紋様の黒い入れ墨を顔や体に入れまくっていた。

「"あっ、ねーちゃん!こいつら!?"」

厳つい少年がさっと女性の背後に隠れた。
クマルと呼ばれていた女性は少年の槍を取って何時でも投げられるように構えると、牙をむき出しにしてこちらを睨み付ける。
美人の怒り顔は迫力があるな。

「オマエラ、トッツィグノヤツラ――ナゼココイル!!」

誰かの喉がゴクリと鳴った。緊迫した空気が場を支配する。
いち早く立ち直ったのはライオットだった。

「違う、俺達はトッツィグの者ではない!ただグンマ―ルを通過して魔族の王国へ行くところなんだ!」

慌てて言った言葉に女性は眉を顰める。

「……ナニイッテル?ハヤイ。」

「通じてないようです、ライオット。」

サミュエルが言う。
すると、「オマエ、ナニイッタ!」女性はピリピリと今度はサミュエルに槍の穂先を向けた。

ああ、ここは一刻も早く誤解を解いた方が良いな。

私は女性に近づいた。

「"おねーしゃん、わたちたちはマゾクの国へ行く途中なのにゃ。トッツィグの人間じゃないから安心してちょーらいにゃっ!"」

「"言葉が分かるのか……めっ、めんこい!!!"」

女性は驚きながらも私を見て顔を輝かせた。
少年も彼女の後ろから出て来て、表情を綻ばせてじっと見つめてくる。

「"ねーちゃん、何このめんこい生き物!オラ初めて見た!"」

「"わたちはケット・シーのニャンコというのにゃ!よろしくにゃっ!"」

「"よ、よろしくめんこいの。私はクマル、こいつは弟のハザラ……"」

畳み込むように自己紹介すると、呆然と挨拶を返してくれるクマル。
ハザラも「"よろしく!"」と厳つい外見とは裏腹に乙女のようにはにかんでいた。

2015年5月5日火曜日

66にゃん

数日後、私達は前線の街トッツィグを出て、未開の地グンマ―ルへと足を踏み入れていた。
グンマ―ルはアマゾンばりの巨大な森だった。
そこかしこから不気味な鳥の声が聞こえてくる。
クァッドは精霊を狂わせるような何かがあると言っていたけれど。

「――どうなのにゃ?」

精霊王達に小声で訊いてみる。

"ここ、魔素が濃すぎるわー。気持ち悪い、酔いそー。"

"わしらは精霊石の中に避難させてもらうですじゃー。"

"魔族の土地も魔素は豊富ですけれど、ここは濃密過ぎますわ…一旦保護区に帰りますわね。"

"流石ドラゴンを生む土地だな…ぐぇっぷ。"

精霊王達はさっさと精霊石の中に引っ込んでしまった。そこなら大丈夫らしい。

「ドラゴンを生むのかにゃ?」

"ああ。ドラゴンはこの未開の地の濃密過ぎる魔素の中でこそ生まれ育つんだ。魔素が濃すぎる場所だからそこで生まれる魔物も強いし住人も化け物揃いって訳。奴らは魔族の土地にはたまに来るけど、魔素の薄い人間の土地の方へは滅多に行かない。長居しすぎると魔素が欠乏するからな。"

成程。深海の生き物が浅瀬に滅多に来れないのと同じようなものか。
上手く生態系は保たれているという訳だ。

ライオット達はスィルとティリオンに精霊が使えない事を確認すると、シダのような草を蛇などが居ないか打ち払いながら進んでいた。
クァッドはいい装備で行けと言ってくれたけれど、街には今着ている物以上に良い装備は売ってなかった。
結局買い足したのはロープやナイフ、薬に食糧等のサバイバル用品が主である。
また、アドバイス通り、砂糖や酒、煙草に魔石を購入している。

「ひィ、ひィ、重いんだけど~」

役立たずでも荷物持ちは出来るだろう、とそれらはすべてヒュペルト様に背負わされていた。
ヒュペルト様は冒険者としては軽装であるが、虫の入る隙はない、山歩きにはぴったりの恰好だった。
皆の見立ては正しい。

グンマ―ルに入る前、装備の事で一悶着が起きた。
余程クァッドの話が怖かったのだろう。ヒュペルト様は街で装備を色々買い揃えていたようだったが、がっちがちで重すぎたのである。
ヒュペルト様自身、ボンボンなので動くのが精一杯の重量。
そんな恰好で行くつもりか、襲われたら戦えないわ逃げれないわで死ぬだけだぞと散々言われ、必要ないから置いていけと皆から言われた装備を脱ぐために奴は半泣きで宿に戻って行った。

一応このタイミングで「『ここにいる全員無事に魔族の王国へ行ける』にゃ。」と唱えておく。
他は、ダニ・ノミ・ヒル等の毒虫よけと魔物が襲ってこない呪文、すぐに友好的な住人に会えるよう願掛けをしておいた。
毛だらけ生物はダニやノミの恰好のターゲットだから。
ヒュペルト様は戻ってきても「僕は死にたくない~行きたくない~」とダダを捏ねていたので置いていこうとすると、慌てて着いてくる。ちっ。


***


「もう僕は限界だから休ませてもらうよ~。」

歩いて一時間もしない内にヒュペルト様はへばった。
荷物を放り出し、そこにあった岩に座り込んで水筒の水を飲んでいる。

「情けないわね。」

スィルは呆れ顔である。
ティリオンは無言だったが、表情と小さな溜息でスィルと同じ事を語っていた。

「ニャンコは大丈夫ですか?」

「まだまだ歩けるにゃっ!」

マリーシャの問いに元気よく言ったのだが、ライオットは休むことにしたようだった。

「俺達はその辺を少し探索してくる。サミュとマリーシャとニャンコはここで一緒に休んでいろよ。」

「気を付けて。」

サミュエルに見送られてライオットはスィルとティリオンを伴って行ってしまった。


***


「お前達~。平民の癖に貴族の僕に荷物持ちをさせるなんて不敬だよね~。」

荷物からサミュエルが水筒を取り出そうとすると、何時になく剣呑な様子でヒュペルト様が絡み出す。

「水筒が欲しいのかい~?だったらこの僕に下さいとお願いするんだね~。」

サミュエルは眉を寄せ不快を表した。

「……この未開の地では身分も関係ないですよ、ヒュペルト=ギュンター殿。誰もが自分に出来る事をし、また助け合わなければ生きていけません。」

「そんな事この僕が知るもんか~。身分が低いものは高い者を守るのが常識だよね~。イシュラエア王国に帰ったら僕をないがしろにしたお前達はどうなっちゃうか知らないよ~。」

「ぐっ…」

マリーシャはハラハラしているようだ。
サミュエルが悔しそうにしている。
ヒュペルト様は水筒をチャプチャプ揺らして見せた。

「力づくで来るなら水筒の水は捨ててしまうよ~。綺麗な飲み水は全て貴族の僕の物なんだ~。お前達みたいな平民は自分達で川でも見つけてそこで飲むべきだよ~。」

言って、サミュエルはコップを3つ投げつけられる。
流石に怒り心頭になったサミュエルが火球の呪文を唱えようとした時、マリーシャが止めた。
制止が入ったサミュエルは怒りを何とか収めたようで、構えた手を下した。
私は3つのコップを拾う。

「――サミュエルしゃん、マリーシャしゃん。あっちの方で休むにゃ。」

「ふ、ふん!」

サミュエルとマリーシャは、ヒュペルト様とはかなり離れたところに座った。
私は二人から少し離れて、拾ったコップを地面に並べる。

「『冷やされた世界樹のお茶が満ちる』にゃ。」

コップに冷たいお茶が満たされた。

「どうじょ、サミュエルしゃん、マリーシャしゃん。」

コップを二人に渡すと、彼らは中をのぞき込んで驚いていた。

「ニャンコ…これは…?」

「世界樹のお茶…凄く冷えています!」

「イーラしゃまがさっきオマジナイを教えてくれたのにゃ。だから飲み物はダイジョウブにゃ!」

三人でお茶を飲んでいると、ヒュペルト様が悔しそうにこちらを見ていた。

ふっふっふっ、大人しそうに見えるサミュエルやマリーシャからイニシアチブを取ろうとしても無駄なのだよ。
どうせライオット達が帰ってきたら荷物持ちになるんだし。

そんな事を考えながらニヤニヤして見せると、ヒュペルト様は水筒を全部飲み干す勢いでがぶがぶ飲み始めた。
あっと腰を浮かしかける二人。

と、その時。

ヒュペルト様の後ろの茂みに大きな山のような黒い影が!
二人はその姿を見て言葉と息を飲み込み硬直する。

現れた影、それは。

それはそれは巨大な蛇、だった!チロチロと舌を出しながら目の前の獲物に狙いを定めだす。
しかしそんな獲物――ヒュペルト様はこちらを得意げに見ながら依然としてがぶがぶ水を飲み続けている。


●村ー、後ろ後ろー!

2015年5月3日日曜日

65にゃん

大男は立ち上がった男たちをちらりと見て牽制する。
彼らは大男を恐れたのか、舌打ちをして酒場を出ていった。
大男の頬には大きな傷痕。
何だろう、世界が一瞬ゴ●ゴばりの劇画調に見えたんだけど。

「――ここは魔族の土地の目と鼻の先、前線の街トッツィグだ。遊びなら他所でやんな。」

言って、大男はこちらに視線を戻す。
ライオットがもしかして、と驚愕の表情を浮かべた。

「あんたは…クァッドさん!?俺の事を覚えてくれていますか、ほら、駆け出しのころにお世話になった――」

「ん?あっ、お前ライオット=コルトか!そんな立派ななりしてるから分からなかったぞ!て、ことはそっちはサミュエル=シードか。お前達、大きくなったなぁ!こんなに立派になって!」

クァッドと呼ばれた大男は破顔してライオットとサミュエルの頭をガシガシと撫でる。どうやら昔の顔見知りのようだ。
サミュエルはもういい大人なんだからやめてくださいよ、と苦笑いしている。
ライオットは私達の方を一旦振り返った。

「えっと、こちらはクァッドさん。俺とサミュが昔お世話になった人なんだ。ところで、クァッドさんみたいなS級冒険者が何故ここに?」

ライオットが聞くと、クァッドはガハハと豪快に笑った。

「――何、死に場所探しと自分の実力を試したかったのよ。ところでお前たちこそ何故こんな辺鄙なところに?」

「それは……」

ライオットはS級冒険者クァッドに理由を話した。
クァッドの表情がだんだん歪んでいく。
こちらのやりとりを注意していたであろう周囲の屈強な男達も、ざわざわとし始めた。
「何て無謀な…」とか「死にに行くようなもんだ」とか「俺達だってここを守るので精いっぱいなのに」とか……不穏な言葉ばかり聞こえる。
熟練のS級冒険者は、しまいには至極真面目な表情でライオットの肩をガシッと掴んだ。

「――悪いことは言わん、魔族の国には行くな。そうでなければとりあえず一番良い装備で行け。」

「え、は…?」

「一番恐ろしいのは未開の地グンマ―ルに住む者たちだ。未開の地を過ぎれば文化的な魔族の王国へ入れる。ただ、問題は未開の地を過ぎて魔族領へ辿り着けた者は、百年に数人ほど――それほどの生存率と考えておけ。」

「まさか、嘘だよな?クァッドさん、昔みたいに俺をからかって――」

冷や汗をかき始めたライオット。
しかしクァッドは深刻な表情のまま、俯いた。

「そうだったらどんなに良いか……お前のように俺の忠告を話半分に舐めてかかった奴らは二度と戻ってこなかった…。」

「!!!」

冒険者達に衝撃が走る。
S級冒険者でさえそう言うのだ。未開の地とは、そのように恐ろしい場所なのか。

「人間の王国が、目の前に広がる手つかずのあんな広大な未開の地を征服して開発しないのは――何故だと思う?」

「そ、それは……」

「単純明快に言えば出来ないからだ。グンマ―ルの住人に、王国は手も足も出ない。奴らは魔狼でさえ赤子の手を捻るように殺せる化け物ぞろいだ。人間側は、せいぜいこの街を要塞としてやつらが攻めてこないか見張ったり、未開の地をはぐれてくる魔物を退治するが関の山だな。」

「しかし、精霊の移動術があれば?」

ティリオンが口を挟んだ。しかしクァッドは首を振る。

「精霊の力が通用するならとっくにグンマ―ルは人間の支配下にあっただろうよ。いいか、未開の地では精霊の移動術なんて使えないんだ。精霊を狂わせる何かがあるんだと――昔来た精霊使いはそう言っていた。」

「……。」

「王命である以上どうしても行かなければならないのなら、グンマ―ルの住人と争わず穏便に通り抜ける方法を考える方が利口だ。特にお前達の実力ではな。グンマ―ルでは通貨は通用しない。代わりに砂糖、酒、煙草、魔石等を買っておけ。渡せば友好関係を築けるだろう。」

クァッドの言葉に皆言葉を失った。
酒場にいる全員も、固唾を飲んでこちらを見守っており、静寂が訪れる。
精霊の移動術も使えないとなると、死を覚悟して地上を歩いて行かなければならない。
暗い表情のクァッドは重々しい口調で静寂を破る。

「行くなら死を覚悟して行くんだな……遺言状はここで書いておけ。一定期間戻らなければ、俺が責任もって届けてやる。」

2015年5月2日土曜日

64にゃん

王都の大門まで来ると、先に来ていたライオット達が何やら揉めている。

「シルフィード、声を届けてちょーらいにゃっ!」

"はいはい~!"

「……だからさっきから言ってるだろぉ~?僕の護衛のスカーレットが魔王だったから、責任を取って魔族領への旅に同行してやるってさぁ~。」

「…あいつは…」

ティリオンの嫌そうな声。
そ、その間延びしたイラつく言葉づかいと股間剣は!

「だからお前の同行は迷惑だとさっきから言っているだろう、ヒュペルト!」

その頭のカール、旅に出るとは思えない豪奢な貴族服――ヒュペルト様だ!

「そんな訳にはいかないんだよね~。僕も魔族領に行かないとギュンター公爵家があぶないんだよ~。お父様は魔王を雇っていたって陛下から詮議を受けてね~。疑いを晴らすために一人息子の僕が魔族領へ行くことになったのさ~。」

ライオットの迷惑そうなお断りにもめげず、ヒュペルト様はイケメンポーズを決めて憂い顔をしている。
あれからちょっぴり心配していたけれど、元気そうで何よりだ。

"実はあいつ、自分では気付いてないけどあのタヌキオヤジに贖罪の生贄にされてるのよー。後、オヤジに隙を見てニャンコを殺して鈴を奪うように言い含められてるから、気を付けた方がいいわー。"

……何ですと?
自分の実の息子でさえ差し出し利用するギュンター公爵恐るべし!
旅の間、奴には近づかない方が良いってことか。

「『ヒュペルトが私を殺そうとする時、必ず邪魔が入る事になる』にゃ。」

とりあえず呪文を働かせておく。転ばぬ先の杖だ。
鈴は呪いがかかっているから大丈夫だろう。

"わしらもおりますじゃー"
"いざとなったら燃やしてやるから安心しろよ!"
"水場では私にまかせて欲しいですわね。"

鈴から聞こえる精霊達の声に安心する。頼もしい限りである。

「行くならお前ひとりで行け。俺達はお前と道連れになる気はさらさらない。」

「それがダメなんだよね~。ほら、これ。陛下の命令書~。」

すげなく言うライオットに、ヒュペルト様は胸元から小さな巻物を取り出して突きつけるように広げてみせた。
ライオットはそれを読むと、悔しそうに顔を顰める。

「ぐっ…」

「『ヒュペルト=ギュンターは魔族領の調査団に同行し、彼らを援ける事を命ず』!?――しかも、これ本物じゃない!」

驚くスィルにヒュペルト様は勝ち誇った笑みを浮かべる。

「そういうことさ~。僕は戦えないからよろしく頼むよ~。」

しかも、いきなり戦力外宣言である!
ティリオンとスィルが同時に頭痛を堪えるように片手を額に当てた。
エルフ同士だからなのか、二人は結構似た者同士だと思う。


***


同行者に移動術を使える者がいるというのは、長距離の移動を必要とする旅には大きなモチベーションであると思う。
私達はティリオンの地の精霊術で一気に飛び、魔族領より一番近い人間の街に到着していた。

ここは城壁で覆われた要塞都市と言った風情の場所だった。
街を行きかう人々を見ても、屈強な人間ばかり。魔族領より一番近いという理由もあるのだろう。
城壁の上に据え付けられた大きなカタパルトやバリスタが物々しい。

今まで見てきた街や村とは雰囲気がだいぶ違っていた。
こんな有様を見ていると、よほど準備周到でなければ命を落としかねない――皆の意見が一致したところで、まずは情報収集をするために酒場に入った。

酒場にも屈強な男たちばかりが屯している。
私はとりあえず一見獣人の子供に見えるよう、フードを深く被った。

「凄いわね。A級、S級…相当な冒険者達ばかりだわ……」

「……俺、生きて帰れるだろうか。」

スィルはA級だが、ライオット達はB級だそうだ。
不安そうなライオットの肩を、サミュエルが握る。

「純粋な戦う力だけが戦力ではありませんよ。私達の実力で、確実に生きて行って帰ってこれる方法を探さなければならない――そうですね。」

「私も彼の言う通りだと思います、ライオット。」

マリーシャが頷く。
ライオットは少し表情を和らげた。

「そうだな。サミュ、マリーシャ。」

「なんてむさくるしく下品な場所なんだ~。僕のいるべき場所じゃないよね~。」

…蛇足だが、ヒュペルト様は冒険者ですらないので無級である。

ヒュペルト様の股間剣はこちらでも好評なようで、あちこちから嘲笑の声が聞こえてくる。
しかも貴族服である。
向こうのテーブルの方で素行の良くなさそうな男たちがこちらを見ながら立ち上がるのが見えた。
ティリオンがさりげなく私の隣に立つ。

「おう、ここらでは見ねぇ顔だな。」

と、不意に声を掛けられる。
そちらを向くと、見上げるような厳つい筋肉隆々の大男がそこに居た。

2015年5月1日金曜日

63にゃん

数日間、旅立ちの猶予が与えられた。

私は光と闇の御子としてヴォードとクリステルからその証のメダルを作ってもらえる事になった。
メダルには私が御子である事の文言およびサインが入っている。
提示すればそれぞれの教会で便宜が図ってもらえるそうだ。

王様からも証のメダルを貰った。
こちらは私が王の庇護を受ける者である事と印璽が押してある。
これによってイシュラエア王国の貴族は皆、私を丁重に扱わなければならない。

三枚のメダルはどれも小さなものだったが、鈴の隣に下げるとちゃらちゃらと音を立てる。
少し煩いけれども仕方がないだろう。

ライオットは王様に正式に騎士として任命され、その際王宮に勤めているお兄さんから実家の紋章の入ったマントと剣を貰っていた。
マントは白地に剣と世界樹の葉――剣は柄の部分が世界樹の葉になっている。
ライオットのご先祖が遺した――世界樹の精霊の加護の込められた剣だそうだ。
防具もいつもの冒険者然としたものではない。
軽量ながらも頑丈、名工によって作られたしっかりとしたミスリル製の鎧と鎖帷子を王から賜って着ている。
正装したライオットは騎士みたいで恰好良かった――いや、騎士階級だし、これが本来の彼なのかも知れない。

スィルはと言えば、遠い故郷のエルフの森…イシュランドールという場所からお父さんがやってきて、装備が届けられた。
エアルベスさんが水の転移術を使ってくれたのだ。
スィルのお父さんはなんとエルフの王様だった。スィルはお姫様だったのだ!
スィルの装備は緑を基調とした、要所要所を金属プレートで強化されたもので、唐草模様や植物モチーフが金糸銀糸で縫い取られた豪華な衣装とマントだった。
しかもその縫い取りは、守護の効果を持つものだそうだ。
風の精霊石のサークレットと手袋を加えると立派なエルフのお姫様である。

サミュエルはケット・シー保護区にあった世界樹の一つを加工して作られた杖と、世界樹の葉で染められたローブを与えられた。
ケット・シー達が大事に大事に育てていた世界樹を一本、切り倒してくれたのだ。
杖の加工の際、仕上げの磨きをかける工程は皆で少しずつ手を加えたらしい。皆の想いが込められた杖だ。
また、ローブは見かけは地味なものだったが、周囲の魔素を集め、魔法を使いやすくする効果がある。
大事に使わせて頂きます、とサミュエルは保護区の皆に頭を下げた。
また、王様からはミスリルを織り込まれたベルトと魔力抵抗のあるマントを貰っていた。

マリーシャは、光の最高司祭ヴォードから光の加護を強く込められた純白の司祭の旅装とサークレットを与えられた。
事実上の神官から司祭への出世である。
この衣装はミスリルとユニコーンの毛を編み込んであり、汚れにくく物理的・精神的な攻撃への抵抗性が強いそうだ。
サークレットにも光の守護がかかっている。
司祭が持つことを許されるという槍と錫杖の合いの子のような杖もあった。
先が槍のように尖っている事で、天からの光の加護を受けやすいとの事。

そして、ティリオン。
彼は闇の教皇クリステルを連れて帝国に戻った際、グルタニア帝及びクリステルから黒地に銀の衣装、ミスリルの鎖帷子にアダマンタイトを塗り込めた鎧と剣を貰っていた。
どれも闇の強い加護がかかっており、正装したその姿は闇の剣士といった風情だ。

皆が華麗にイメチェンしている中、私はメダルが増えただけで衣装そのものは買ってもらったお仕着せである。
姿もケット・シーのままだ。猫獣人に見える幻術はかかっていない。
もうありのままの自分で行くことに決めたのだ――雪の女王のように!

旅の面々は正装して居並ぶと…サミュエル以外、実に…チュウニビョウです。キラキラしくて目立つこと目立つこと!



***



「皆さんに旅路に水の恵みがあらんことを――」

エアルベスさんが祈る。

「ニャンコにゃん…ボクは、ニャンコにゃんの事好きだったにゃ……。」

「ニャンコしゃん、俺はニャンコしゃんが生きて帰るって信じてるからにゃ!」

「ニャンコにはカリがありましゅのにゃ!わたくちにまた会いにこにゃいにゃんてしょーちしにゃいのにゃっ!」

悄然としたハチクロ、悲しみを我慢しているようなタレミミ、そして、泣きながらツンデレ言葉を吐くミミ。

出発の日――私達は皆で一緒にお茶を飲んだ後、皆に惜しまれながら見送られていた。

表向きはドラゴンの件で王国の調査団を魔族領へ派遣するためという名目となった。神権に配慮した結果だ。
旅の資金も王国からたっぷり出ている。
しかしここの人達は私を罰として魔王に差し出すために行くと知っている。

今、冒険者達は魔族領へ行く王国の調査団として集められた貴族達や王都の人々に紹介され、イシュラエア王や最高司祭の演説にお付き合いしている。
それが終わって見送りの儀式が終われば彼らは王都の門へやって来る。
ティリオンと私は大神殿を出たらまず門へ向かい、そこで待ち合わせるという訳だ。

そうそう、エアルベスさんの身の安全はイシュラエア王とヴォード最高司祭が保障してくれるそうだ。
公爵についてはイシュラエア王が何とかしてくれると言ってくれたけど、本当だろうか?

「ニャンコ、行くぞ。」

ハチクロとタレミミと握手し、しばらく会えないミミのもっふぁもっふぁを補充していると、ティリオンが促す。
私達はエアルベスさん達に手を振って歩き出し、大神殿を後にした。