2015年4月25日土曜日

49にゃん

その日の朝、マリーシャは再び大神殿を訪れていた。
悩んだ末、ニャンコの鈴の件を最高司祭ヴォードに伝えようとしたのである。

面会の申し込みをしたものの、最高司祭は多忙の身。
一週間待たされることもザラであった。

しかし幸運な事に、マリーシャが呼ばれたのはその日の夕方だった。

「マリーシャ、昨日の今日ですが、どうしましたか?」

「ご多忙のところ、お時間を頂き感謝いたします。最高司祭様にどうしてもお伝えしておかなければならない事が――」

マリーシャが語り始めようとした時。

「ヴォード様!たっ、大変でございます――グルタニア帝国の教皇が!!」

最高司祭付きの神官が息せき切って駆け込んできた。


***


「――グルタニアの教皇?」

最高司祭ヴォードは神官に問いただす。
謁見室の外が騒がしい。

誰かが言い争うような声や懇願の声。
耳を澄ますと辛うじて「どうかお待ちください」という言葉が聞こえた。
マリーシャはまさか、と思う。

やがて、重厚な扉が軋みを伴って開け放たれる。
神殿騎士が駆け込んできてヴォードを守るように控えるも、その人物は意に介した様子もなく堂々とゆっくり入って来た。

「――突然の訪問失礼致します、イシュラエア王国光の神の最高司祭ヴォード=ダルベルトル殿。私はグルタニア帝国闇の神の教皇、クリステル=スヤライラと申します。お見知りおきを。」

それは漆黒の立派な法衣に身を包んだ人物だった。
その後ろに控えている見覚えのある人物にマリーシャは納得する。
ダークエルフのティリオン。彼は地の精霊の移動術で教皇を連れて来たのだろう。

最高司祭ヴォードは純白の法衣に身を包み、髪もまた老齢のためほぼ白髪である。
それとは対照的に教皇はまだ若い。
20歳そこそこだろうか。髪は烏の羽の如く艶やかな漆黒、中性的な顔立ちをしていた。

「ここは光の神の大神殿。そこへ闇の神の教皇であるクリステル殿が何の用でいらっしゃったのか……」

ヴォードは突然の出来事に乱れた精神を落ち着かせるように息を大きく吐く。
少し落ち着きを取り戻し準備を命じてから、言葉一つ一つを吟味するようにゆっくりと問うた。

「我が神の祝福――寵愛を受けし方がこちらにいると聞き及び、その確認に参りました。真実であると確認が取れればその方は神の子、我らが仕え守るべき存在であり――闇の大神殿へお連れしなければなりません。」

教皇クリステルはそこで初めて後ろのダークエルフを振り返った。
ティリオンは心得たように前へ出る。

「そちらのマリーシャ神官も御存知でいらっしゃる筈です。昨日こちらに保護されたケット・シーのニャンコ=コネコ様は、確かに闇の神アンシェラ様の祝福を受けておられます。」

光の神の最高司祭はマリーシャを見た。

「それは真実ですか、マリーシャ。」

「……真実です。今まさに私が話そうとしたのもその事です。しかし、ニャンコは闇の神だけではなく、光の神の祝福も受けております。」

「そ、それは本当ですか、マリーシャ!」

「はい、私は真実目の当りにしたのです――最高司祭様。」

マリーシャは肯定する。

「本当だったのですね、ティリオン。ニャンコ様が光と闇、正反対の祝福を同時に受けたというのは。」

「はい。」

マリーシャの言葉を聞くまでは半信半疑だったのだろう。
教皇は愕然としているようだった。
ヴォードも十分驚いたものの、実際に確かめてみなければ到底信じられない気持ちである。
現在、光の神の祝福は誰も受けていない――最高司祭の自分でさえ。

もし、あのケット・シーが祝福を授かっていたら。

ヴォードはクリステルを見た。
闇の神の教皇は、神の寵愛を受ける者としてニャンコに仕え守らなければいけないと言ったが、それはこちらも同じ事が言える。
光の神の寵愛を持つ者を闇の大神殿へ連れていかれる訳にはいかない。

「――ニャンコ=コネコをここへ。」



***



白熱した勝負の熱気冷めやらぬまま、お昼ご飯になった。
今日のメニューはハンバーグ定食である。
多少薄味に作られていると思われるが、私にとっては丁度良い美味しさだ。

勝負に圧倒的大差で負けたタレミミは、最初こそ落ち込んだものの――私に対して尊敬の念を持ったようで、さん付けで呼ぶようになっていた。
今は大人しく少し離れた場所でミミと食事をしている。
ミミも泣き止んで落ち着いたようで良かったと思う。

隣ではハチクロが食べているが、何だか元気がない。
彼はフォークを置くと、ポツリと呟いた。

「ニャンコにゃん。ぼくはぜんぜんかっこよくもにゃいし、にゃかにゃかヒアンセができにゃいのにゃ。タレミミほど世界樹の葉摘みも上手じゃにゃいにゃ。ニャンコにゃんみたいに凄いチカラがぼくにもあったらいいにょににゃ……」

ハチクロは自信喪失してしまったようだった。
ぼくにはにゃにも出来る事はにゃいにゃ…と俯いている。

「――ハチクロ、今更何を言ってるのにゃ?ケット・シーという種族そのものが、ノウリョクが低いのにゃ。たしかに何でも出来るノウリョクがある種族は強いしスゴいと思うにゃ。でも――だからと言って、ハチクロも何でも出来るようになるヒツヨウって、あるのかにゃ?」

前世、常日頃思っていた事である。

「ハチクロが出来なくても出来る人はかならずいるから、出来ないことはその人にぜんぶまかせればいいのにゃ。自分が無理して出来るようにならなくてもいいんじゃないのかにゃ?出来ないことをすべてカタッパシから出来るようにならなくちゃって思うとキリがないししんどくなるにゃ。」

ハチクロが、顔を上げた。口をぽかんと開けている。
その発想はなかったといった風情だ。

「そう言われてみれば、そうだにゃ…ぼく、頑張りすぎていたかもにゃ。」

「そーにゃそーにゃ!力を抜いてむりせず楽しく生きるのが一番なのにゃ!」

「じゃあニャンコにゃんぼくのヒアンセににゃってくれるかにゃ?」

「いやにゃ。」

「……。」

それって単に怠惰であることを推奨しているのでは――近くにいて会話を聞いていたエアルベスは疑問に思ったものの、ニャンコの言葉でハチクロが立ち直れるのならと思い直して口を噤んでいた。

沈黙は金なり。

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